3 トクヤラフ(6032m)
NW ridge (AD)


 夕方、チュルップでは3次登山隊のラストマンこと亀岡氏に予定通り会うことができた。今日、彼はチュルップ湖に高度順化に行って来たところだ。今までの私の登山経緯や今年の山の状態などを説明し、予定していたパロン湖からのカラス、アルテソンラフは諦め、イシンカ谷からのトクヤラフに一本に目標を変更することを話し合う。

 明日は彼の高度順化を優先させ、また近くに日帰りで高度順化に行ってもらうことにする。ワラスでの再会を祝ったあと、山の疲れもあり早めに就寝する。

8/4(曇り)
 翌朝、パストルーリに高度順化に行く亀岡氏を見送り、午前中は装備の手入れと洗濯、午後は食料などをリベラートと買いだしに行く。休暇兼登山準備と毎回のように慌ただしく過ごすのもこれが最後である。トクヤラフは条件が良ければ西壁からダイレクトにルートを取り、ダブルアックスで快適な登はんをしてフィナーレを飾りたい。夜になって戻ってきた亀岡氏と打ち合わせや明日の準備追われる。

8/5(晴れ後ヒョウ)
 7時半にリベラートが迎えに来る。いつものようにチュルップの宿のママに送り出されタクシーで出発する。町外れでイシンカ谷の入り口であるコリョンまで入るトラックタクシーをリベラートが見つけ、これに乗り込む。メイン通りから林道に入り、2時間ほどでコリョンに到着する。イシンカ谷への入山口であるここにはチェックポストがあり、大勢の登山、トレッキング隊でにぎわっている。ここでブーロ2頭とアリエロを雇い、イシンカBCに向けて出発する。段々畑や放牧地帯を過ぎると谷沿いの低い樹林帯に入る。樹林帯を過ぎ、しばらくすると開けてきて、白く輝く山の稜線が見えてくる。パルカラフ(6274m)だ。目指すトクヤラフはその左にあるのだがまだ見えない。下ってくる数パーティに山の様子を聞くが、いい返事は帰ってこない。山はこのところ何日も雪が降り続いていてラッセルがひどく、登れる状態に無いという。みんなイシンカ、ウルスどまりでトクヤラフにはこのところは誰も登っていないらしい。しかし天候はそろそろ回復の兆しが見えている。チャンスはあるだろう。

 イシンカ谷は明るく開けていて綺麗な谷だ。今回私が入った3つの谷の中では一番よい雰囲気である。あたりには高山植物が色とりどりの花を咲かせている。ランチタイムの休憩を挟んでゆっくり進み、4時間ほどでイシンカBC(4300m)に着く。BC周辺の景色もすばらしい。開けた小川沿いに色とりどりのテントが並び、目前には白い山なみ、パルカラフそしてトクヤラフ・・・これが見えるはずだが今は残念ながらガスの中である。トレッキングのみのパーティも多く、人気のほどが伺える。近くには立派な山小屋まである。我々も仲間入りする。夕飯は豪華だ。持ち込んだ牛肉と野菜でロモサルタードをつくる。ムイビエン。夕方ヒョウが降る。まだまだ山の天気は安定しないようだ。

(コースタイム:ワラス7:30−コリョン10:00−イシンカBC15:00)

8/6(晴れ後曇り)
 朝は良い天気だ。本日はBCからトクヤラフAC(5300m)に移動する予定だ。いらない荷物をBCにいるリベラートの友人に預かってもらい、荷物を整理して出発する。

 はじめは谷沿いに進んでから左の傾斜の急なガレ斜面をトレールに従ってゆっくりと登っていく。これがペルーアンデス最後の荷役となろう。リベラートが先行し、三浦、亀岡ともマイペースで登っていく。谷を挟んで反対側にランラパルカが聳え立つ。この山はワラス市内からも非常に美しい雪稜のSWリッジを垣間見ることができる。全体的にはミックス部の多い難峰である。

 傾斜のある巨岩帯を過ぎると氷河と出会う。ここでアイゼンなどの装備をつけ、アンザイレンして進む。途中数パーティに会うがムーチョ・ニエベ(雪が多すぎる)でことごとく雪で敗退である。しかし我々はこのぐらいの雪なら何とかなる。「ノープロブレム」。途中までトレースがあるのでラッセルはそれほどはきつくはない。高度順化中の亀岡氏のペースにあわせゆっくりと進む。ルートはトラバースから尾根を乗り越し、開けた氷河となる。トクヤラフが見えてくるが上部はガスにすっぽりと覆われている。この辺からトレースは無くなり、すね程度のラッセルに苦しむ。リベラートと交代でルートファインディングしながらしばらく進むと急斜面になる。亀岡氏のピッチが上がらない。高度順化がまだ十分ではないらしい。登りきったところの適当な台地で幕営することにする。ここは標高5200m地点、上部にセラックの垂壁があるが安全なところだ。さすがの亀岡氏もダウン。明日は彼はレスト、私とリベラートとで行けるところまで行ってトレースを付けておき、明後日に3人でアタックする作戦をたてる。キャンプサイトから双眼鏡でルート偵察を行う。トレースは無い。一般ルートである北西稜は稜線に出るまでのルート取りがやっかいで距離も長い。もしラッセルでノーマルルートが困難な場合は西壁しかない。西壁の登攀ラインを慎重に見極める。西壁は60度ぐらいの雪壁で中間部にミックス帯があるが、ルートラインはいくつか引けそうだ。「明日の天候次第ではこちらの方が登頂の可能性は高いな」、と密かに西壁を狙うことを考える。晩飯は持ち上げた肉と野菜でカレー味のロモサルタードを作る。ムーチョ・ビエン。

(コースタイム:イシンカBC8:00−氷河舌端11:00−アタックキャンプ15:00)

8/7(晴れ後曇り)
 2時に一度外の様子を伺うが天気はガスっていて良くない。もう少し様子をみることにして3時起床。簡単な朝食をとり、紅茶をたっぷり飲んで出発準備をする。そうこうしているうちに時刻は4時を回ってしまった。壁に取り付くには遅い時間だ。すこし考えるがノーマルルートである北西稜を探ることにする。4時半、リベラートとアンザイレンして出発する。コルらしき方向を目指してラッセルをしながら氷河を登る。北西稜に這いあがる為にはやや複雑なセラック帯を突破する必要がある。ルートの情報は簡単なガイドブック以外には得ていない。リベラートも初めての山だ。ルートラインを目で追うが、早くもルートの長さとラッセルに辟易し、西壁への方向転換の誘惑にかられる。リベラートと相談し、西壁の取り付きまで行いってみることにする。取り付きはベルクシュルントになっているが大した大きさではない。乗り移ってからの壁の状態も良さそうに見える。リベラートにどうするか聞く。彼は今はピッケルしかもっていないし、アイススクリューの数も十分とはいいがたい。彼は三浦が決めろ、私はどちらでもいいというが、不安は隠せない。テントまで戻って取りに行くことも考えたが、まあ無理をしてもしょうがない。「わかった今回は西壁は諦めよう、北西稜に全力投球しよう」。

 セラック帯のルートファインディングを一度間違えたが、ほどなく中央を突破するそれらしいラインを見いだした。ここには小さなベルクシュルントがあり、少し傾斜のある雪壁が続いている。ここはスタカットとし、快適なダブルアックスで三浦がリードする。ビレイポイントがありルートが正しいことを示している。つづいて現れるクレバスにかかるスノーブリッジを慎重に越え、再び現れる大きなセラックを左に回り込むように登ると待望の北西稜にでる。尾根は幅広で傾斜はさほど無い。一息入れる。尾根上は風が強いためかクラストしておりラッセルも少なく、ピッチがはかどる。2、3の大きなクレバスを避けるように登り高度を稼ぐ。ほどなくベルクシュルントのある50度程度の雪壁にぶつかる。これをスタカットで1ピッチ登る。視界は開け、前方に巨大なスノーキャップを載せたサミットピークが飛び込んでくる。ユニークな見覚えのある姿だ。しばらく凝視し、左のスカイラインリッジに弱点を見極める。しばらくラッセルしながら取り付きまで登る。ここはベルクシュルントの幅が狭まっており、左手のリッジには登られた形跡が残る。「ここしかないな」。リベラートに確保を頼み、慎重にシュルントを越えダブルアックスでリッジに回り込む。傾斜は50度くらいか。技術的にはやさしいがアックスの打ち込みに気を使う。ぐさぐさの空気を含んだ氷が目に付く。「チーズアイスだ」。途中に残置されていたスノーバーの支点でランナーを取り、50m一杯でリッジ中間点に着く。スノーバーとスクリューでビレイをしてリベラートを迎える。リベラートは右手でアックスを打ち込み、左手は氷のホールドをうまくつかんで器用に登ってくる。身のこなしはいい。ビレイポイントでは体の入れ替えが困難だったのでそのままリードしてもらう。リッジからクーロアールの氷雪を20mでコールがかかる。三浦がフォローする。「サミットだ」。辺りはすでにガスで覆われ何も見えない。すでに天候は悪化してきている。リベラートとがっちり握手する。

 一息入れると、残置されている支点を使いすぐさま懸垂下降に移る。リッジ沿いに2ピッチでシュルントまで降りる。わずかに残るトレースを頼りにぐんぐんと下降を続ける。さらに1ピッチ懸垂する。一度下降ラインを間違え、リベラートがヒドンクレバスに落ちかける。「慎重に行こう」。行きの勘を頼りに下降を続けるとようやく視界が効くようになってきた。もう大丈夫だ。登ってきたラインをはずさずに下降を続ける。最後の懸垂を済ませるとテントはすぐそこだった。亀岡氏の出迎えを受け登頂の感激に酔う。私の山はこれで終わった。明日はリベラートにもう一度働いてもらわなければならない。あまった食料でまたもやロモサルタードの夕飯を作る。亀岡氏の調子もだいぶ上がってきたようだ。明日は大丈夫だろう。

(コースタイム:AC4:30−北西稜コル8:00−山頂11:00−AC15:00)

8/8(晴れ後雪)
 朝4時。亀岡氏とリベラートが出発するのを見送る。天気はいい。スペイン人のパーティも下から上がってきた。昨日の我々のトレースもあるので心配はいらない。疲れの出た私はまた眠りにつく。8時ごろもぞもぞと起き出す。テントでの一人も退屈なものだ。10時ごろになると天気が悪くなり雪が降り始める。亀岡氏らが気になる。雪は断続的に降りつづく。帰幕予定の13時になってもまだ彼らは降りてこない。心配が募る。まさかクレバスに・・・つまらない考えがどんどんと浮かんでくる。待つ身はつらいものだ。暗くなる寸前にかすかにガチャの音が聞こえ、それが次第に近づいてくる。外に飛び出るとリベラート、亀岡氏そしてスペインパーティも一緒だ・・・。「おー生きてたかー」思わず愚痴が出る。聞けば山頂直下でホワイトアウトになり5時間ほど天候待ちをしていたらしい。とにかく無事に帰ってこられてよかった。6000mでのビバークは厳しいものだ。夜は3人で登頂祝いにくれた。

8/9(晴れ)
 3泊した天場とも今日でお別れだ。朝は天気がいい。今まで見えなかったコパ、アキポ、そして遠くにあのチョピカルキも見える。3人でアンザイレンし、ゆっくりと下降しながら最後のアンデスの大展望を心ゆくまで楽しんだ。

 私の初めてのコルデイレラ・ブランカはこうして終わりを告げた。十分に納得のいく登攀ができたとはいえなかったが、20日間ほどの短期間で予定どおりアンデスの名峰3座を手中にしたことには満足感を覚えた。次回の山のことを早くも考えながら、心地よい風の吹くイシンカの谷間をワラスへ向かってぽかぽかと降りていった。


<最後に>
(1) 天候について
 7/7に日本を出発した1次隊はほとんど連日の好天に恵まれたようでみんな真っ黒に日焼けしていた。私は7/21にワラス入りしたが、その後ワラスを離れる8/10までの21日間のうち曇りも含め天気が芳しくなかった日は11日間もある。最初の山となったアルパマヨでもアプローチの途中で1日半ほど天気が崩れ、山は雪が降った。
 8月に入ると周期的に天候は悪くなるようだ。ただこれは今年に限ったことではなくごく一般的な傾向だと聞く。チョピカルキでも下山日は雪だったし、トクララフも日程を通してあまり天気は良くなかった。私はうまくアタック時に天気が幾分か良かったおかげで3本登れたが、最悪0本の可能性すらあったと思う。まったくこの点では今回はつきがあったといえる。運も実力のうち。今年の8月前半は特に思うように登れなかった人が多かったようだ。天候に関してはやはり7月がベストシーズンではないかと思う。

(2)山の選定について
 ガイドブックが3つある。その他の文献からあたりをつける。目標の山、ルートライン(既成、新ルート)そしてその山に関するできる限りの情報を集める。(クレバス帯、氷雪壁の状態、ミックス箇所の有無、上部の雪庇の状態など)

(3)次回の山
 登りたい山、ルートはたくさんあるがステップバイステップにいくとしたら次はイシンカ谷からイシンカとランラパルカ、次にパロン湖に入りアルテソンラフ、ピラミデ辺り、そしてチンチェイとプカランラかな。ワイワッシュならイエルパハーは狙えるだろう。

(4)会計報告
 航空券以外だとガイド料は別としてあとは安いのでしいてあげる必要なし!

(5)宿
 チュルップ、ベタニアがいいかな。

(6)食事
 山での昼はサンドイッチで決まり。晩飯はパスタがいい。町ではメニュー(定食)とタイ料理がうまかった、からかった!!セビチェを食いそびれたのは残念だった。次回は是非とも。

(7)フォルクローレ
 タンボにいったがフォルクローレは最初の30分程度であとはディスコと化していた。
 ただ陽気な欧米人とペルー人に混じって踊るのもなかなか楽しいものがある。

(8)燃料・食料
 ジフィーズ以外は全部あると思っていい。
 EPIヘッドも持っていけば使えた。

(9)無線
 もし数パーティが行動するなら日本の無線機を持っていくと便利である。ただし空港で没収される可能性もあるが。
 ラジオ:現地で購入するのがいいかな。とにかくベースで無性に音楽が聞きたくなった。まあウォークマンあたりを持っていくのが無難かと思うが。