2 チョピカルキ(6345m)
SW ridge (PD+)


7/31(晴れ後曇り)
 翌日、チュルップでの朝は洗濯や干し物など山道具の整理で忙しく過ごす。亀岡さんの来る間の3日間で登れる山として候補に上がっているのはチョピカルキだ。午後はこれの相棒を探すべく、ベタニアに宿泊の松島さんのところに行く。ちょうど今井さん家族もワイワッシュトレッキングから帰ってきていて再会を果たす。私の方は松島さんお勧めの優秀なポーターであるリベラートと会え、打ち合わせの結果、思惑どおり明日からの3日間でチョピカルキに登ることに決定する。

 夕方からは山の準備で手いっぱいで、予定していた今井さんたちの夕食に合流できず、一人で近くのレストランで簡単な食事で済ませた。

8/1(晴れ後曇り)
 早朝7時半、リベラートが約束通りチュルプまで迎えに来る。一昔前に日本でも流行ったしょいこにアタックザックといういでたちである。ずた袋に詰め込んだ食料とテント一式を抱え、タクシーに乗り込む。町はずれでコレクティーボにすぐに乗り換え、ユンガイまで走る。ユンガイは70年にワスカランの大崩壊に伴う土石流で一瞬のうちに廃墟と化した村だ。しかし30年経った今ではその面影は殆どなく、活気にあふれた村に蘇っている。

 ヤンガヌコ行きのコレクティーボの待ち時間を利用してメルカードに行き、簡易食堂で簡単な朝食をとる。ワラスと同様、メルカードにはありとあらゆる食料品、日用雑貨が所狭しと並んでいて、旅行者を飽きさせることはない。

 ヤンガヌコ谷の入り口のチェックポストで65ドルの国立公園使用料を払う。車は比較的良い林道をさらに谷奥へと進んでいく。右手にワスカランの北峰北壁、左手にワンドイ南峰南壁が圧倒的に迫る。観光スポットである大きなヤンガヌコ湖を過ぎ、道は九十九折りになる。しばらく登るとピスコへの入り口に出る。ここで同乗した3人パーティが降りる。道具が良かったので「チャクララフか?」と聞くが、まさかという顔をされた。チャクラは地元のギアでもまだ誰も登っていない難峰だ。彼らはピスコで高度順化をしてチョピカルキに登るつもりらしい。ぶな1次隊の計画とまったく同じだ。「Good Luck !」。 

 チョピカルキへはさらに10分ほど走らせた大カーブ地点に入ってくる小さい谷が登山口になる。出発準備をしていると日本語で声をかけられる。なんと今井ファミリーではないか。「お見送りご苦労様」。彼らは運転手付きの乗用車をチャーターしてのドライブとしゃれている。チャクララフをバックに記念撮影をする。

 12時出発。傾斜の緩い、低い樹木の生えた谷沿いに20分ほど進むとチョピカルキBCに着く。開けた風景の中に小川が流れ、牛が草を噛んでいるいいところだ。標高は4300m。ここで水を補給し、右手の急な斜面を登り尾根にでる。踏みあとはしっかりしている。前方左手に大きく見えるはずのチョピカルキはすでにガスの中である。高度には慣れてきたとはいえ、荷はずっしりと重い。本日はモレーンキャンプまで、4時間程度の辛抱だ。頑張ろう。

 尾根上をしばらくすすんでから西壁からくるゴーロのモレーン谷を渡り、さらに右手の尾根に移る。左側がすっぱりと切れ落ちた尾根上を忠実にひたすら登り、突き当たりに岩壁がある、広がったところがモレーンキャンプである。ここの標高は4900m。あまり広い天場ではないが、右手の岩壁に水が流れていて取ることができる。テントは我々の他に一張り。静かなところである。メルカードで仕入れた強烈な蜂蜜入りティで一服する。夕飯はムイビエンのパスタにしたが、これのソースに加えた生の強烈なアホ(にんにく)にあたり、以降腹痛と下痢に悩ませられることになる。

(コースタイム:ワラス7:30−チョピカルキ登山口12:00−モレーンキャンプ16:00)

8/2(晴れ後雪)
 2時起床。腹の調子は悪いが天気はいいので出発することに決める。リベラートのヘッデンのコードトラブルで出発がだいぶ遅れる。紅茶とパンの朝食を慌ただしく済ませ、テルモスと登攀道具をもって3時半テントを出る。外は満天の星で絶好のアタックチャンスだ。しかし私は腹の調子が非常に悪く、以降、山頂に着くまで、すこし登ってはハーネスをはずしての用便を繰り返す、地獄のチョピカルキ行きになってしまった。

 キャンプ突き当たりのロックバットレスを左に回り込み、ロックリブの左手に沿ってゴーロ状のモレーンを30分ほど、Glacier edgeまで登る。ここでアイゼンを付け、1/3システムでアンザイレンして氷河登高を開始する。僅かにのこるトレースに沿ってクレバスを避けながら左上し、前方のロックピークp5666に向かって登っていく。私は腹痛でピッチがあがらない。クレバスを左右に回り込みながら、急なスロープとプラトー(キャンプ可能)が交互に現れる一連の氷河地形を黙々と登る。雪は多く、通過困難なクレバスは無いが5カ所ほど軽く飛び越えるところがある。p5666の手前で夜が明ける。振り返るとワンドイ連山が、そして右手のワスカラン北壁もバラ色に染まっている。思わずシャッターを切る。さらにコルを目指して左に登る。雪面に僅かに残るトレースを少しはずすと膝下のラッセルとなる。

 ようやく7時半にコルに到達する。コルからは大きな階段状になった幅広の尾根を忠実に進み、高度を稼ぐ。体調は相変わらず悪いが、なんとか先が見えてくる。しばらく登るとベルクシュルントのある50度の急雪壁に突き当たる。「ここはスタカットにしよう。」リベラートにスノーバーを3本渡して中間支点を取るように指示し、トップで行ってもらう。50mいっぱい、コールがあり、私がダブルアックスで登り切ると、目前に巨大なセラックが立ちふさがる。ここは直登は難しそうだ。リベラートが右に大トラバースしているトレースを指さしている。「OK、わかったよ」。この軟雪の不安定なトラバースをコンテで抜けると、傾斜のあるスカイラインリッジにでる。ここは固雪になっていてアックスがよく効く。これを登り切るとセラック上部のプラトーにでる。山頂がガスの切れ間に見えかくれする。「あともう少しだ。俺が先に行こう」。トップを交代し軽いラッセルを続ける。最終ピークのベルクシュルントを右から乗り越え、急な斜面を気力で登り切るとついに山頂である。モレーンキャンプから高度差1500m、所要時間8時間。この体調でよく頑張れたものだ。自分自身に、そしてリベラートに感謝。残念ながら山頂は既にガスの中で展望はない。記念にペルー1ソル銀貨を雪の中に深く埋める。充実感がこみ上げ、感極まる。

 テルモスの紅茶とパンをかじり下降に備える。15分ほど休憩してから下降に移る。下降は今来たトレースをたどるのみだが油断は禁物だ。雪壁で1ピッチ懸垂を行い、さらにぐんぐん高度を下げる。コルから下は視界も良くなり、氷河を駆け下りる。結局2時間ほどでモレーンまで戻ることができた。世話になったリベラートとがっちり握手する。この日は我々のみの静かな登頂であった。

(コースタイム:モレーンキャンプ3:30−コル7:30−山頂11:30−キャンプ14:30)

8/3(雪のち晴れ)
 昨日の夕方から降り出した雪がまだ降り続いている。明るくなってから起床し、簡単な食事を済ませる。リベラート曰く「10時には雪は止む。下はもう天気は回復しているだろう」。雪はモレーン周辺で15cmほど積もっている。チョピカルキのアタックは今日は無理だろう。

 昨日、体調不良を押してアタックしておいて正解であった。テントを撤収し8時半下降を開始する。モレーンで形成されたリッジに不安定な雪が積もり、スリッピーで歩きにくい。慎重に下降する。リッジ沿いに高度を徐々に下げると視界が開ける。下界は既に晴れているようだ。右にモレーンを渡り再度尾根に出る。下降を続けると開けた谷間のチョピカルキBCにつく。ここも雪で覆われており、行きとは違う寒々しい風景が広がっている。谷沿いに下降してほどなく林道にでる。チョピカルキは終わった。予定通り3日間の速攻だった。リベラートと再度健闘を讃えあう。しばらく待ち、上がってきたコレクティーボに乗り込んでもと来た道をワラスまで揺られた。

 我々の登頂以降、チョピカルキはさらに雪が降り続き、しばらくは登頂できない日が続いたということを後でワラスで聞いた。

(コースタイム:モレーンキャンプ8:30−登山口11:00)