ペルーの13日間

亀岡岳志


 8月1日成田発、8月2日リマ着、松島さんの常宿 Marfilで休ませてもらう。宿のアルベルト氏に送られ、13時発のバスで、ワラスへ20時頃着いた。疲れた。バス停には三浦氏の出迎えはなく、タクシーで宿(チュルップ)へ向う。宿の息子からM氏のメッセージを受け取る。彼はチョピカルキを登山中で、明日戻る旨。<明日8月3日は高度順応のためにチュルップ湖へ>という指示。女主人からコースについて聞いた後、床に就く。

8月3日
 宿で朝食を取り出発。乗り合いバス30分ほどでルパ村(Llupa)。ゆっくり登り始める。しばらくは傾斜畑に見とれる。何人もの村人が、むこうから道を教えてくれる。3500mくらいまではほぼ全お面的に畑。数匹までの羊、山羊、牛を女子どもが追って、放牧している。建物一軒と看板のある地点がピテック。まだ上に(3850mくらいまで)畑がある。ここから谷を右手に見ながらモレーンを登る。まわりは草原状。途中から流水近くまでトラヴァースして、大きな滝の下から岩混じりの左壁を登る。傾斜が落ちた灌木帯になると、チュルップ湖、その後にはチュルップ山が姿を見せる。湖の青い色が印象的。十人程度のトレッカー。寒い。やや頭が痛くなってきたので下山にかかる。岩場下の平坦地で倒れる様に少し寝た。ピテックまでやっとたどりつくが、体も重くてまた少し寝た。ふらふらとルパまで歩き、トラック荷台に乗って下山。

 宿チュルップで三浦氏と合流。チョピカルキに登ったという。夜、食事に出ても食欲がない。早々寝る。

○天気:晴れ、夜少し雨
○コース・タイム:Llupa(10:00発)-Pitec(11:25、3770m)-Laguna Churup(13:05-35、4330m)-Pitec(15:00、3780m)

8月4日
 朝、M氏の勧めでパストルリ(バスで氷河見物できる観光地)へ行くことにした。宿の息子にバスを予約してもらう。帰りのLima行きバスの予約や買い出し、Liberato(ポーター)との打ち合わせは全部M氏にお願いした。

 観光バスで隣席になった家族は、リマからバカンスで来たという。子どもはゲームボーイのような小型ゲーム機に興じている。ワスカラン国立公園に入ると、広漠たる丘陵地帯となる。草原には家畜が離されている。徐々にガスが湧いてくる。 12時頃、4650mくらいの道路終点に着いた。ここから氷河の末端まで2kmくらい。広い駐車場には、掘っ建て小屋風の簡易食堂が並ぶ。ふらふらしながら氷河に乗っかり、4850mまで登った。氷河の上ではソリやお尻に敷くマットで遊ぶ子ども、大人、皆元気だ。30分ほどぼーっとして、バスまで戻った。帰りのバスでは頭痛がひどく、ほとんど眠っていた。しかし宿に戻ると昨晩よりは大分ましで、食欲もある。それでも夕食後、疲れて準備せず寝てしまった。

○天気:曇り、夜晴れ

8月5日
 6時に起床してパッキング。朝、ポーターのLiberatoと初対面。川沿いのバス停へ行くと、すぐ客引きがやってくる。Lが交渉し、直接コロンへ行く車と契約。この車には、帰りにも来てもらう約束をした。

 コロンでは他のトレッカーや登山隊もいる。Lはアリエロとロバ(2頭)を探して契約。こちらも下山時に来てもらうことにした。国立公園への入園書類(ノート)に記入。自分のわずかな個装以外はロバに持たせて出発。しばらく山地は緩やかに波打つ丘陵状の草原だ。所々に点在する木々が、かつて一面森林で覆われていただろう景観を思わせる。谷に沿う道の近くの耕地は3500-3600mくらいまで。谷の両側の傾斜がきつくなり、岩壁を呈してくる。3700-3900mは、沢沿いは低木帯に覆われ、湿り気があって気持ちがよい。

 オクシャパルカやランラパルカが姿を見せ、谷は明確なU字を呈する。再び草原になり、色々な花がきれい。ベースキャンプは、ロッジやたくさんのテント、人でにぎやかだ。トクヤラフは山頂を雲で隠している。川のそばにテントを設営する。付近は牛がたくさん歩き回っているので、川の水を飲むのは最初ためらわれたが、湧かして飲んだ。結果として腹をこわすことはなかった。僅かに頭痛があるが、食欲はあり、二日間の高度順化準備は無駄ではなかったようだ。

 夕方15時頃から雲が広がり、あられ、やがて激しいひょう、雷。暗くなってからあがる。夕食は、担ぎ上げた牛肉を使った和風ロモ・サルダード。Liberatoが筋を丁寧にとって、スライス肉を作ってくれた。この牛の生肉は、常温で4日間、全くいたまなかった。不思議。

○天気:晴れ、夕方から荒れる
○コース・タイム:Collon(9:10-10:00発、3295m)-沢の側で昼食(12:00-、3830m)-B.C.(14:10、4280m)

8月6日
 6時起床。快晴だがトクヤラフ山頂には雲。ゆっくりと出発。正面に見える、中央が侵食された氷河末端モレーンに向かい、モレーン左の谷状地形から左手ガラガラの岩斜面をトラヴァースするように上がる。下りてくるパーティとすれ違うが、<山の状況は新雪のラッセルが膝下まであり良くない、昨日のC.1はストーム>とのこと。トクヤラフ山頂に達しなかった模様。氷河に乗ったのが4900m位か。アイゼンを着け、アンザイレンする。M-K-Lの順。ここまではマイペースで歩いたが、コンテの行動となり、早い二人のペースに引きずられて苦しい。ラッセルくるぶし。何とかC1にたどり着いたときはヘロヘロだった。夕食も食べられずに就寝。当初から明日のアタックはきついだろうと思っていたが、予想以上に体調が悪い。明日はM-Lで、山頂を狙う。色々な方針について二人が話し合うのを夢うつつに聞く。夜、嘔吐。

○天気:快晴
○コース・タイム:B.C.(8:35)-(9:40、4500m)-C.1(14:30、5210m)

8月7日
 二人が出発した時間も定かでない。一日中寝ていた。時々起きては、自分の体調のことを考えていた。昼過ぎ、少し食欲がでたのでオレンジ一個食べるが、すぐもどしてしまった。胃が動いていない。M-Lは無事登頂して14時頃に下山してきた。夕方から体調回復。夕食もとり、何とか明日の見込みが立つ。

○天気:晴れ後曇り

8月8日
 2時過ぎ起床。<無理しすぎない程度に頑張れ>というM氏のエール。Lとロープを結び、真っ暗な中、ヘルメットにリヒトを点けてコンテで出発。C1から真上にあるクレヴァスを右に回り込む。ヒドン気味の小クレヴァスを2ヶ所飛び越える。クレヴァス〜ブリッジ〜立った軟氷斜面でスタカット。Lリード。この上も小クレヴァスがあるがコンテ。まだ暗い。雪面を左手へ稜線目指す。トレースはあるが、昨日に続いて2度目のLは疲れも見せずに確実な足取りだ。やや大きいクレヴァス手前でスタカット。ギャップを越え、通路のようになっている凹斜面を登る。Lリード。すると完全に頂稜で、頂上のスノーキャップが目の前に見える。稜線をコンテで少し行き、再びスタカット。ギャップをスノーブリッジから越え、軟氷の斜面を登る。45mLリード。右手が落ちた軟氷のリッジ25m、Kリード。アックスが良く刺さり気持ちよいが、息絶え絶え。残置のスノーバー2本の終了点が山頂だった。嬉しいというより、なんとか登れて良かった、というのが正直な気持ちだった。後続の4人パーティが頂稜のピッチに入り、彼らを待つ内に、雲が湧いてくる。1時間ほど待ち、4人の内3人が登頂すると、LKはすぐ懸垂2回でギャップの下に降り立った。しかしすでに視界がなく、4人パーティの内の残った1人が座っている付近の斜面で、しばらく彷徨する。すぐに3人も下降してくる。結局大きいバケツを掘って、ツェルトをかぶり待つ。この数日は、夕方から晩にかけて雲が晴れて明るくなっている。その時まで我慢かな。時々明るくなったり、視界が切れそうになったりして、周辺を探るが、やはり下降路は分からない。4人が話しかけてくる。彼らはスペイン人。シュラフカバーとかシートしか持っていないので、大きなスペースを掘って一緒にテントをかぶらせてくれ、という。全員は無理だが、皆で寄り添って座った。何か食べたり、明るくなれば立ち上がったり....しかし視界10m程度の状態では、どうしても下降路が分からない。

 夕方になり、半分ビヴァークでもやむなしの気持ちになり始めたとき、偵察に歩き回っていたLが、<ロープ!>と叫んでいる。丸腰のまま、ロープを持っていき、彼を確保する体制に入る。Lは少し急斜面をクライムダウンした後、<ラッペル・ポイント!>と叫ぶ。<本当か!>たしかに間違いない。皆の顔に安堵の表情。すぐ荷物をまとめて下降開始。ロープをつなげて懸垂。ラッペル用アンカーは昨日のM氏の残置、ルートも登った所に間違いない。暗くなるのと競争するようにどんどん下降。懸垂1回を交えて、無事C.1に到着。M氏の<生きてたか!>の声。LK二人ともヒドン・クレヴァスに落ちたとか、色々な心配をかけてしまった。スペインの4人パーティも少し遅れて下りてくる。握手して別れる。彼らは下のテントサイトまでもう一息。

 疲れたが、行動中の切迫感はなかった。しかしこの晩かなり冷え込み、ビヴァークしていたら厳しかったろう、と思った。

○天気:晴れ、後曇り
○コース・タイム:C.1(4:10)-トクヤラフ山頂(8:50)-5620mで停滞(10:00〜16:30頃)-C.1(18:50)

8月9日
 この朝、トクヤラフは全貌を見せてくれた。贈り物のようだった。写真を撮りながら下山する。氷河末端に、往路にはなかったテント村が出現。昨日のスペイン人パーティともすれ違う。アイゼンを脱いで、ガラガラの道を行く。LとM氏にはるか遅れる。なんだかふらふら、いつもふらふらだ。BCに着いて、着替えたり、荷を詰め直したり。アリエロがやってきて荷をロバに積む。MとKは先に出発。しばらくは風が冷たい。昨晩から今朝は冷え込んだのだ。写真を撮りながら下る。コロンでは、もう暑い。頼んでおいた行きのタクシー運転手が来てくれている。我々に遅れて、リベラート等到着。

 タクシーでワラス・チュルップに着き、リベラートとの精算を済ませ、明日の食事の約束をする。シャワー浴び、一休みの後、街に繰り出した。夜はフォルクローレを聴き、ディスコで踊った。

○天気:晴れ、後曇り、後Hualazで雨
○ コース・タイム:C.1(6:30)-B.C.(8:45-9:30)-Collon(12時頃)-Huaraz(14時頃)


 8月10日、一日ワラスで市内観光。22:00発のバスでLimaへ。予約ミスでもめ、出発が少し遅れた。11日朝、リマ着。トランジットのアトランタで一泊して日本に帰国した。
 アトランタでは、ファミレスのステーキの量の多さに驚かされた。12日発、13日に日本帰国。帰国して、楽しい旅だった、と思った。

 短い日程で6000mに登れたのは、予めほとんどの予約・段取りをしていただいた松島さん、先行した一次登山隊の皆さん、そして三浦さんのおかげです。ありがとうございました。