New Zealand
Mt. Cook 山行報告

2003/03/06 〜 2003/03/21
メンバー :中島 史博

■ 行動の記録 (2003年3月6日〜13日)
■ 登山情報 (入山許可/ガイドブック/宿泊情報/食料調達/関連リンク)

2003年3月6日(木)
 Christchurch着

2003年3月7日(金)
 Mt. Cook villageへ移動

 Twizelでバスを乗り継ぎ、午後2時にMt. Cook villageに到着。快晴。DOC(国立公園管理事務所)でルートの状況を確認する。ガイド協会は氷河(Linda Glacier)のコンディションが悪いため、ガイド登山を中止しているらしい。YHA泊。



Mt. Cook from Plateau Hut
2003年3月8日(土)
Plateau Hutへ移動

 朝、部屋から出たところをアメリカ人のKarlに呼び止められる。昨夜話したイギリス人のMarkが、僕がクライミングパートナーを探していることをKarlに話したようだ。Karlは南部Santa Fe出身の46歳。アラスカやコロラドでクライミングの経験があるらしい。今回はCopland Pass でWest Coast へ抜ける予定だったらしい。Copland Passはアックス、アイゼンが必要な中級者向けのルート。地図を広げてこちらの計画を話し、Mt. Cook へ行かないかと持ちかける。レンタルするギアの料金、およびPlateau Hut へ入るためのヘリコプターの料金を確認したところ、5万円近くになるとのこと。少々悩んだもののMt. Cookへ向かうことを決断してくれた。


 再度DOCを訪れ、登頂のベースとなるPlateau Hutと昨夜無線交信したBillyに話を聞く。氷河のコンディションはそれほど悪くはなく、実際に昨日も登頂に成功したパーティがいるとのこと。高気圧が来ており、数日は天気の心配もいらないらしい。ヘリを依頼し、2時のフライトまでの時間をギアのレンタル、装備の準備に当てる。
 Mt. Cook villageから車で30分の飛行場からヘリで約15分。氷河に囲まれたPlateau Hut へ。Hutは30人(最大40人)が宿泊可能。シーズン後半のためか、食料が大量に残されている。別パーティーの荷物があるが登攀中なのだろう、姿は見えない。
 15:30に彼らが帰ってきた。Zubriggen Rigde(4級)をあがり、Linda Glacier を下ってきたとのこと。氷河の状態はよいらしい。午前1時に小屋を出発し、10:30にピーク。1時間の後、下山を始め、15: 30にPlateau Hut 着の実績。かなり早いのではないか。
 Bed を確保し荷物をほどいた後、装備を身に付け、近くのMt.Dixon へ向かうことにする。目的はKarl の技術度チェック。本人の話では氷河の経験もあり、クレバス対応も分かっているとのこと。30分ほど氷河を歩き、適当な雪壁をスタカットで登る。ダブルアックスとフロントポイントでの雪壁クライミングは初めてらしいが上手くやっている。スタンディングアックスビレーやアイススクリューのセット方法も指導する。19時の無線交信にあわせて小屋へ戻る。天気予報は変わらず明日も快晴とのこと。明日のアタックを決め、9時に就寝。ルートはやはり最も簡単なLinda Glacier を選択。

2003年3月9日(日)
Plateau Hut (1時)
→Linda Glacier 経由
→Green Saddle (7時)
→Plateau Hut (15時)

 深夜12時に起床。朝食を済ませ、午前1時に小屋を出発。気温はマイナス5度くらいか。風はなく、空には無数の星。南十字やMilky Way が判別できる。ヘッドライトの明かりを頼りに、ここ数日の間にできた他のパーティのトレースを黙々とたどり氷河を進む。15mほどの間隔をあけ、互いにロープを結び、余ったロープは僕が持つ。僕が先頭を歩き、万一のためユマールとスノーピケットをKarlに渡しておく。1時間に10分の休憩を取るペースで進む。3時ちょうどに前方で大きな雪崩が発生したもよう。まだ暗いため、まったく見えないが、轟音はすさまじく、1分後舞い上がった雪煙に包まれる。4時間ほどでクレバス帯を抜け、デブリを通過し雪壁が始まる。トレースが所々あいまいになってきたが、斜度があがってきたためと思い、そのまま登り続ける。
 6:30を過ぎ、ようやく辺りが明るくなり始め、7時にはライトが必要なくなる。そのころ稜線に登りつめたので、ルート図を広げ、位置の確認を行った。ここで重大なミスが発覚。Linda Glacier の上部では左にトラバースし、Summit Rock へ向かわなければいけない。しかし直登したため、Green Saddle へ来ていたのだ。ここからピークへ上がるには3
級のSummit Rock ではなく、さらに長い4級のNorth Ridge を登らなくてはならない。2時間ほどかけてルートを探したが、ここを登るパーティは少ないため支点がないうえ、逆層の浮いた岩質が非常にいやらしく、進むことができない。10時に下山を決断。 コンテで登ってきた雪壁をスタカットでクライムダウンし、緩斜面に到達したところからコンテで歩いて下る。デブリを通過した時点で振り返ったところ、向かって左上にSummit Rock へのトレースが見えた。どうやら今朝の雪崩でトレースが消えたようだ。雪壁でトレースだと思ってたどったのは、落石の通過した痕跡だったようだ。
 太陽が昇ると非常に暑い。周りの風景に圧倒される。暗いうちに通過してきたクレバスは実は巨大で底が見えない。絶えず崩壊している岩壁からは誘発された雪崩が起きている。雪はすぐにやわらかくなり歩きにくい。
 Karlがどう思っているのか気になる。すでにかなり満足しているようだ。再度アタックする気はあるのだろうか?相談した結果、天気が数日もつようであれば、明日は休憩し、明後日もう一度狙うことにする。
 15時にPlateau Hut に到着。19時の無線までは昼寝。無線ではDOCのクライマーPeterが明日以降も晴天が続くと言っている。明日は休憩し、明後日に再度頂上を目指すことに。今夜はゆっくり眠る。

2003年3月10日(月)
Plateau Hut (11時)
→Anzac Peak (13時)
→Cinerama Col (14時)
→Plateau Hut (15時)

 8時までぐっすり眠った。10時にDOCのクライマー3人(Peter、Andy、Erin)がヘリで到着。年に3回の小屋整備が目的。僕らもヘリで入山したが、下山は金を節約するため、歩く予定。下山ルートを確認するため、今日はCinerama Col 方面の偵察に行くことに。
 今日も快晴、無風。Col の左にあるAnzac Peak(3級)を登り、向こう側の景色を眺めようとGully の雪壁を詰めたが、結局Karlには岩が登れず Cinerama Col へ向かう。このCol はEast Ridge(4級)の取り付きになっているが、どこから登るのかよく分からない。Col の向こうには遠くにLake Pukaki が見え、Tasman Glacier が続いている。少し回り込んだところからは、数日前に下山したパーティのトレースが確認できた。写真を撮って小屋へ引き返す。
 途中、Zubriggen Rigde(4級)がよく見えたが、こちらも岩が出ており、難しそうだ。シーズン始めで雪が多いと雪壁登りに終始し、登り易いのだろう。今シーズンこのルートで日本人パーティが事故を起こし、一人が死亡、もう一人も重傷を負っている。このときの救助の話はPeterとAndyから聞いたが、今年の最悪の事故だったらしい。
 19時の無線では明日の晴天を告げている。準備を整え、20時就寝。

2003年3月11日(火)
Plateau Hut (1時)
→Linda Glacier 経由
→Summit Rock取付(9時)
→Summit Rock頂上(12時)
→Summit Rock取付(14時半)
→Plateau Hut (19時半)

 深夜12時に起床。午前1時に出発。今日も快晴。少し風があるが寒くはない。前回よりも一眼レフ、ツェルト、ビナ4枚分の荷物が軽い。3日目で疲れているのかKarlの足が遅い。1時間に10分の休憩のペース。一部新しいデブリでトレースが消えているが、2度目なのでルートも分かっている。Linda Glacier から左へのトラバースも今回は間違えない。
 Summit Rock の取り付きまでの雪壁ではKarlが心配だったので、念のためスタカットで進む。ここで落ちればクレバスの底まで止まらないだろう。スノーピケットが1本しかないため、アックスを打ち込んでアンカーとする。岩壁を見上げ、基部を左にトラバース気味に進む。やがて日が昇り、位置の確認が可能になる。Summit Rock の下の雪壁にいる。取り付きまでは結局6ピッチ要した。フリーで進めれば時間短縮になるのだが、仕方がない。
 数ピッチのロッククライミングを強いられるSummit Rock の取り付きにようやく到着。ここでセルフをとり、しばし休憩。既に時間は9時。11時にはピークに立ちたいと考えていたのだがこの調子では難しいだろう。もう少し易しいかと思っていたが、意外と雪壁の斜度がきつかった。
 アイゼンをはずし、Summit Rock の登攀を開始。確保支点は約20m間隔であるが、ランニングがない。ランナウトするが難度は低いため特に問題なし。全体的に岩は浮いているため、チェックが必要。2箇所ほどハングしていたが、ガバをつかんで超える。時々振り返るとビレー中のKarlは景色を眺めたり、記念写真の最中だったり…。注意するものの、あまり緊張感がないようだ。全体的にパートナーとしてはかなり頼りない。極端に楽観的なところはよくもあり、悪くもある。しかしシリアスなクライミングの最中だということはしっかり認識してもらわないと困る。

Karl at Summit Rock
 Summit Rock の頂上までは4ピッチを要した。時間は既に12時前。太陽はMt. Cook 側に暮れるため、日が射すのは18時半までだが、サマータイムの為、20時半まではライトがなくても行動できる。しかしここまで11時間。Karl は疲労している様子。セカンドでも何とか登ってきたという感じ。ここから見える範囲では、この先45度の雪壁が3ピッチほどか。その上は安定した雪原に入り、ピークのスノーキャップを目指す。相談し、ここから下山することに。しかし、あきらめきれず、Karlにビレーしてもらい、50mのロープ分だけ進んだが、さらに前方は確認できなかった。ピークまで標高差約100m。非常に残念だ。
 Summit Rock を懸垂で下るが、シングルロープなので25mづつ。支点は残置を利用。部分的にワイヤーが架かっている。KarlはATCでの懸垂は始めてらしい。指示しないとセルフも自分でとらない。常に口は動くのだが、行動は非常に遅い。支点のセットから、ロープの処理まですべて僕がやる。6ピッチの懸垂でSummit Rock の基部まで。そこからさらに3ピッチの懸垂で側壁を回り込み、雪壁の真ん中へ下る。そこには残置のスノーピケットがあり、先のパーティが約40m下の大ベルクシュルントを懸垂でやり過ごす支点にしたようだ。しかし我々のロープは1本。登ってきたトレースをたどればクレバスを避けることができるが、このスノーピケットを抜いて、1ピッチクライムダウンし、ベルクシュルントの10m上に支点をセットし懸垂でベルクシュルントを越すことに。雪面は非常に固く、場所を選んでもなかなかスノーピケットが刺さらない。スクリューの残置は避けたいので、スノーピケットが変形するのもかまわずハンマーで叩き込み支点を作成。
 後はコンテで200mほどの雪面を回り込みながら慎重に下り、斜度の落ちた安定したデブリ帯に達したところで休憩。ここからは初日と同じトレースをたどってPlateau Hut まで下るのみ。時間は15時。相変わらず日差しは強く、クレバスの底以外に日陰はない。雪と氷河に囲まれながらも砂漠にいるかのようだ。一度セラックの影で休憩しただけで、Plateau Hut まで黙々と歩く。19時半にPlateau Hut へ到着。18時間以上におよぶ長い一日が終わった。

2003年3月12日(水)
Plateau Hut (13時半)
→Haast Hut (14時半)
→Haast Ridge 経由
→Tasman Glacier経由
→Ball Shelter (21時)

 Karlと相談し、今日は休息日とし、明日下山することに。ブーツやギアを小屋の前の大岩に干し午前中をのんびり過ごす。DOCのメンバーもこんなに晴天が続くのは珍しいと言っている。運がいいのか悪いのか…。
 Erinを残し、PeterとAndy の二人は今日の16時のヘリでMt. Cook village へ帰る予定。Karlが何やら交渉している。プラブーツが当たり、スネが痛いため、ヘリに乗せてくれないか相談しているようだ。運良く空きスペースがあり、Karlはヘリで下山することに。僕は残って誰か別のパートナーとクライミングを続けるか、一人で下るか考えた。この日Plateau Hut に着いたドイツ人のFolkはきっと別パーティのドイツ人Rocoとどこかへ行くだろう。二人ともクライマーではあるが、Mt. Cook 狙いではなく、装備も不十分のようだ。僕も疲れているし、下山することに。しかし一人ならば予定していたCinerama Col 経由では氷河を渡るため、下山ルートをHaast Ridge に変更しなければならない。Haast Ridge は3時間ほど余計に時間がかかるため、予定を変更し今日これから下山出発することにした。

Mt. Tasman from Mt. Cook


 下山に不要な荷物はKarlに預け、ヘリで運んでもらう。13時半に準備が整い、KarlやDOCのメンバーに別れを告げ、4泊したPlateau Hut を出発。Folk達のトレースをたどり、Haast Ridge へ向かう。15分の登りの後、岩にかけられたスリングを支点に1ピッチの懸垂下降。ダブルロープであれば下の雪原に届くのだが、シングルのため、残置ハーケン1枚でもう1ピッチの懸垂。Folkのアドバイスに従い、懸垂の後は右へトラバースし、雪原のトレースに合流。後は雪原のトレースと岩稜をたどり、約1時間で5人用のHaast Ridge Hut に到着。
 ここから下はほぼ雪はなく、岩稜をたどるが、左右とも崩壊が著しく気を抜けない。大岩も浮いていることがあり驚かされる。人が歩いた形跡は部分的に確認できるものの、アイゼンの傷痕に見えるのは岩の模様だろうか。右に見えるHochster Glacier はTasman Glacier に落ち込んでおり、順調に高度を下げていることが確認できる。しかし思っていた以上にルートは悪く、ガレキのトラバースでは落とした岩が岩雪崩を起こし、煙をあげて転がっていく。
 次第に植物が現れるが、今度は藪こぎを強いられる。眼下に広がるモレーン帯を通過する時のルートを確認しながら、メインのRidge をはずさないように注意する。16時ごろにヘリが飛び去った。他に目にする人工物は何もない、と言いたいところだがここはMt. Cook 。上空をひっきりなしに観光用のセスナが飛び交う。16時半にRidge の末端に到達。しかし氷河まではまだ500mほどあり、崩壊が激しくここからは歩いて下れない。回り込んでみたもののルートは見つからず、1ピッチ目はハイマツに、2ピッチ目は大岩にスリングを残置し、懸垂で歩けるところまで下る。あまり気持ちのいい懸垂ではなかったが、ロープを何とか回収し、氷河まで岩雪崩とともに転げるように下る。時間は17時半。
 モレーンの高台に登っては次の目標を設定し、その目標へ進むことの繰り返し。右に見えるHochster Glacier は常に崩壊を繰り返している。Hochster Glacier の左右には氷河から溶け出した乳白色の水を湛えた大きな滝が確認できる。水は氷河の下を流れると思っていたが、氷河の上にも小川を作り、下るほどに大きな運河を形成する。そのなかから比較的澄んだ流れを選び、水を補給する。Cinerama Col からの下りルートが見えるが、こちらも厳しそうだ。この広大なモレーン帯でもごく稀に人の歩いた形跡を確認し、不思議な気持ちになる。
 約2時間でモレーン帯を抜け、Ball Shelter のあるRidge の末端に着いたが、ここからの登り返しもかなり厳しそうだ。20時を過ぎ、辺りは暗くなり始めている。30分ほど氷河との境目を歩き、ガレた斜面を一気に登り返す。一般道にたどり着いたのは21時。Ball Shelter へはそこから10分だった。

2003年3月13日(木)

Ball Shelter (8時半)
→Car Park (10時半)
→Mt. Cook village(11時)

 夜中に強風が吹き荒れた。昨夜の無線では低気圧が近づいていると伝えていたらしい。珍しく曇りがちの朝。Ball Shelter にいた二人組が車で来ているというので、Car Park からは乗せてもらうことに。Car Park までは2時間歩く。11時にMt. Cook villageに到着し、DOCに下山を報告。

 その後、14日(金)にヒッチでWanakaへ移動。翌日の朝、1時間のバスでの移動の後、Mt. Aspiring のベースとなるFrench Ridge Hut へ向けて出発したが、途中で右足を捻挫。通過したAspiring Hut へ引き返し2日間滞在したものの回復しないため、歩いて下山。Wanakaで療養した後、香港経由で24日帰国。


■ 登山情報
 以下に補足情報を記載します。参考にしていただければ幸いです。

 【入山許可】
 特に登山に関する許可等の手続きは必要ない。
 DOCでは情報は提供するものの、入山者の技術や経験に関するチェックは行なっていない。全て各人の責任というわけだ。ただし事故が発生した場合の対応は充実している。Plateau Hut にいたDOCメンバーの話では、連絡後20分でヘリで現場に急行する準備が常に整っているとのこと。 【ガイドブック】  Mt. Cook エリアのクライミングルートに関しては、NZAC から出ている以下のガイドブックが最も詳しいようだ。
ただし、ルート毎の過度な情報提供は抑えられ、グレードと3行程度のコメントのみ。

The Aoraki Mount Cook Guidebook
by Alex Palman, $40

 【宿泊情報】
 NZの国立公園内は基本的には山小屋が整備されており、テントがなくても問題ない。通常、bunk にはマットも整備されており、エアーマットも必要ない。Hut Fee は15ドル〜20ドル。なお、今回通過したLinda Glacier にはクレバス帯の上部にテント跡があり、ここから登頂を狙ったパーティもあるようだ。
 Mt. Cook エリアに入る場合、必然的にMt. Cook village がベースになるが、ここにはYHA とHotel しか宿泊施設はない。YHAはシーズン中は非常に混雑するものの、定員以上の宿泊は認めないため、日本からの予約をお勧めする。ただしテントがある場合は2キロ先のキャンプ場が利用可。また、Mt. Cook village から3キロ程戻った場所にはUnwin Hut というNZAC(New Zealand Alpine Club)が管理する宿泊施設があり、穴場と言える。設備は通常のBackpacker と変わらないが、車がないと不便だろう。

 【食糧調達】
 Mt. Cook village 内にはスーパーマーケットがない。YHAとHotel で食糧は入手できるが、品目は限られ価格も高い。Christchurch かTekapo、もしくはTwizel での事前入手をお勧めする。

 【関連リンク】
 NZAC
 http://www.nzalpine.org.nz/index.htm

 DOC
 http://www.doc.govt.nz/index.asp

 NZ YHA
 http://www.yha.org.nz/

 Mt. Cook Camera
 Mt. Cook village からの2時間毎の静止カメラ映像へのリンク。4日前までなら過去画像も参照可。
 http://www2.snow.co.nz/regions/region_mackenzie.jsp

 Alpine Guides Message board Forms
 クライミングルート情報、およびパートナー募集掲示板へのリンク
 http://www.alpineguides.co.nz/info/forums.htm