針ノ木岳・小スバリ沢からの黒部湖横断スキー

日向山ゲート〜扇沢〜針の木雪渓〜マヤクボ沢〜針の木岳〜西尾根2670m地点〜小スバリ沢右俣滑降
〜黒部湖横断〜御山谷〜立山(雄山)〜山崎カール滑降〜室堂〜室堂乗越〜立山川滑降〜馬場島〜ゲート
2004/3/27〜28
L三浦大介、米沢武久

3/28 立山川を滑る
 3年前にスバリ岳・大スバリ沢右俣からの黒部湖スキー横断を行った際、タンボ沢から見えた針の木岳西尾根最上部から小スバリ沢右俣へ落ちる一筋の白いラインに、スキー滑降の可能性を感じた。小スバリ沢は黒部湖の出現によって封印された不遇な谷で、特に右俣は遡行図も無い未知の谷であった。
 この谷から黒部湖スキー横断の新しいラインを引きたいと考え、夏には上部エントリーポイントの偵察を行い、読図による想像と今までの経験から成功の可能性は高いと判断した。
 そして今年3月、計画を実行に移す絶好のチャンスが訪れた。
 果たして小スバリ沢右俣は、針の木岳西尾根2670m地点から黒部湖畔まで高度差1250mの、テクニカルで変化に富んだ、素晴らしいスキー滑降ルートであった。
 その後、首尾よく凍結した黒部湖を横断し、御山谷経由で雄山山崎カールから立山川の滑降へとつなぎ、前回と同様、1泊2日で2本目の黒部湖スキー横断ラインを引くことに成功した。(三浦 記)
■ 3月27日(土) 快晴
(三浦 記)

(ゲート5:30−シール装着6:25−扇沢駅7:20−赤石沢出合(1880m)8:40−マヤクボ沢出合(2270m)9:40−マヤクボのコル(2670m)11:30−針ノ木岳頂上13:50−西尾根エントリーポイント(2670m付近)15:20−小スバリ沢滑降開始15:45−黒部湖畔17:10)

 未知未踏の山登りをメインにやっているとなかなか結果が出ずに、なんとも憂鬱な気分になることがある。今シーズンもそんなことが続いていた。意気込んでトライした2度の奥利根もそうだった。結局、予定のラインの1/3しか消化できずにシーズンは終わってしまった。
 焦ることはない、着実に一歩一歩前進あるのみ、そう何度も自分に言い聞かせるのがせめてもの慰めか。しかしそれは答えにはなっていない。ここは心機一転、そう思い、黒部スキー横断の中級ルートと称してパートナーを募ることにした。
 パートナーといっても中級以上の山スキー技術と体力があるものは会でもそれほど多くはいない。しかも私がやっているような登山を指向するものは限られてくる。そんな中で、新入会員の米沢君が怖いもの見たさと、それに実際に行けるのかどうか半信半疑という感じではあったと思うが、同行を申し出てくれた。
 彼とはまだ本格的な山行をともにした事は無かったが、テレマークの腕前はかなりのものと聞いていたし、訓練山行などでのテキパキとした行動には好感がもてた。自分としても若手にどんどんよい経験をしてもらって、一緒に未知未踏の楽しさを分かち合いたい、という思いも強かった。また黒部湖の横断は今回で2回目なので前回と比べて気分的にも楽であり、小スバリ沢滑降の一点にさえ集中すればこと足りる。そういったことも考慮し、この未知の谷からの黒部横断へ、新人の米沢君と一緒にチャレンジしようということになった。
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 仕事がきつく寝不足気味の米沢君の提案で前夜に大町入りし、予約しておいた民宿で仮眠する。なにか戦前の北アルプス開拓時代を彷彿とさせるような計らいで面白かった。
 5時にタクシーが迎えに来て日向山ゲートまで運んでもらう。雪は前回より少なめ、例年の7割程度の積雪量であろうか。ゲートからは板を担ぎ、暫く除雪された道を兼用靴で歩く。つづら折りになる手前でシールを付け、扇沢までの沢沿いの道に入る。快適に進み、扇沢へ到着。駅周辺も除雪が進んでいる。今シーズンは4月10日に室堂までの大町ルートが開通するらしい。冬の立山の静寂さもあと残りわずかであろうか。
 針の木雪渓に入り、シール登高を続ける。雪質は既に締まっており、雪崩の危険もなさそうだ。左右の沢からもまだ大きなデブリは見られない。もちろん、トレースも無い。
 見上げる後立山の純白の稜線と真っ青な空とのコントラストが実にすがすがしい気分にさせてくれる。順調に登高し、マヤクボ沢に入る。やや急斜面の登りになる。ここは前回とは違う左よりのルートを採用し、上部カールに上がる。風は少しあるが天気は快晴。最後は少しラッセルすると待望のマヤクボのコルだ。
 「よし、いける」。反対側の黒部湖は予想通り白く雪で塗られている。横断ポイントである小スバリ沢出合と御山谷出合を凝視する。その付近雪面は前回と同様、甲羅状に亀裂が入っているが、なんとか上陸できそうだ。心配していた黒部湖の横断は今回も大丈夫そうである。さあ、あとは小スバリ沢の滑降だ。
 ここからはアイゼンを着けてシートラーゲン。針の木岳山頂までは夏道沿いに登るのだが、小スバリ沢側のトラバース部の雪質が悪く、2ピッチほどロープを出して慎重に通過する。
 針の木の山頂から小スバリ沢へは残念ながら直接滑降できないので、西尾根の岩稜づたいに少し下降する。岩峰を一段下へフリーでクライムダウンしてから、さらに小スバリ沢側への急な岩交じりの斜面をロープを使ってつるべ式にクライムダウンする。この辺りは雪の付きがやや甘いので、さらに大きな岩峰を左へ回り込むとようやくエントリーポイントが見えてくる。
 小スバリ沢は支流が幾つもあり、源頭部の地形はやや複雑である。偵察時に地図上に書き込んだラインと照合し、間違いのないことを確認する。西尾根上、標高2660m付近である。
 覗き込む谷の源頭部はやや開けたすり鉢状を呈しており、そこから急斜面が下方に落ち込んでいる。どうやらこれがお目当ての小スバリ沢右俣のようだ。源頭部は滑りやすそうな地形になっていて先ずは一安心である。
 小休止後、スキーを装着し、念のためにアックスを腰のハーネスに差し込む。さあ、準備万端、深呼吸したらいよいよ小スバリ沢の滑降開始だ!
 斜滑降で斜面に入り、慎重にワンターン。先ずは雪質のチェックだ。雪はやや重いが新雪が上にのっている。次は思い切ってターン。よし、大丈夫だ。斜度は35〜40度くらい。雪は既に落ち着いており大きな雪崩の危険は感じない。たまに最上部の5cmほどの層がスラフとなって崩れるがたいした事は無い。米沢君にもゴーサインの合図を送る。
 小スバリ沢は大スバリ沢でも見られたように谷中にしばしば樺の潅木が生えている。そこをウェイテイングポイントとしてつなぎながら交互にスキー滑降を行う。
 左から沢が合流すると大斜面になり、中回りターンで快適に新雪滑降を行う。日が当たることで敬遠されがちな西面であるが、沢の中はやはり別モノ。吹きだまった軽い新雪がしっかりと温存されているのだ。
 300mほど滑降すると谷は狭くなりやがて右に折れ曲がる。その手前が急斜面になっている。斜度は50度あろうか。雪面は堅いアイスバーンである。ここは気合のジャンプターンで切り抜ける。
 さらに谷は中間部のゴルジュ状の急斜面に突入する。ここは右の潅木の中を迂回して滑る。暫くすると谷が急激に落ち込んでいる。大滝だ。視線の先にはてかてかのアイスバーンの滝が見える。ここが核心部だろう。
 さあ、どうしたものか。注意深く観察すると上部の雪を拾ってなんとか滑れそうである。ジャンプターンを駆使し、最後は氷の間をデラパですり抜ける。ここは右に小さなインゼルがあり反対側を迂回することができる。米沢君にはそっちを滑るように指示する。どうやらその方がターンもできて快適だったようだ。
 抜けた先は右からの支流を合わせ、広大なU字峡の一枚バーンに変わる。周囲には幾重にも大障壁が望める。岩、雪そして紺碧の空。アルペン的な素晴らしい渓谷美である。こんなところを滑れるなんて・・・つい興奮してしまう。
 核心のゴルジュを抜けたこともあり余裕がでてきた。この辺で一気に全開モードになる。各自奇声をあげ、黒部湖めがけて大パラレルでかっ飛ばす。さらに左俣が合流すればさしもの小スバリ沢も終盤にさしかかる。あとは傾斜の緩んだ広大な谷筋に思い思いのシュプールを刻む。
 下部のすでに日陰になってクラストした谷を抜けると急に視界が開け、真っ白な黒部湖畔に到着する。出合のわずかに顔を出した流れの脇にツエルトを張る。充実した1日が終わった。


3/27 小スバリ沢エントリー地点



3/27 上部斜面



3/27 小スバリ沢のゴルジュを滑る
 小スバリ沢は上部のすり鉢状の急斜面、中間部のゴルジュ帯、そして下部の広大なU字峡と変化にとみ、周囲のアルペン的な景観とあいまって実に素晴らしいルートであった。
 雪質も上部はパウダーが温存され、核心部のアイスバーン、そして下部のザラメ雪とこれも変化に富んでいた。また、滑降ラインのルートファインデングの楽しさも加わり、山岳スキーヤーとしての総合力をいかんなく発揮できる高度差1250mの大滑降ルートであったといえる。
■ 3月28日 快晴
(米沢 記)

(4:00起床・出発5:50〜黒部湖横断終了6:30〜(御山谷シール登高)〜10:20一ノ越10:45〜11:40立山雄山頂上〜(山崎カール滑降)〜13:45室堂乗越14:10〜(立山川源流滑降)〜15:15馬場島)

 放射冷却のため随分と冷えた。明け方は寒さのため目が覚めてしまい、どちらともなく起き出す。湖の氷結を考えるとこの冷え込みはありがたい。
 ツエルトを撤収して、目の前にある本日の核心、黒部湖を渡る。三浦さんが先頭で、浮き島をたどりながら慎重に進む。しばらくして、「よしっ、大丈夫だ。問題ない。」少し距離をとりながら、足早に進む。湖の水位はマイナス20mほど。黒四ダムも少し貧相に見える。
 湖の真ん中にスキーをつけて立っているのが不思議な感じだ。最初に渡った時は恐かっただろうな。その発想力!
 御山谷の流れ込み地点も問題なく通過できた。三浦さんは何度も、振り返っては昨日の初滑降した小スバリ沢を見上げている。針ノ木岳の右の肩からつながる1本の白いライン。これしかない、というラインだった。滑降以上に、このラインの発見、研究に意味がある。興奮気味の三浦さんがほほえましくもうらやましかった。
 ここから御山谷の長いシール登高が始まる。なだらかな大きな谷であるため、標高差以上にその距離が長いのだ。
 進むにつれ谷は大きく広がり、黒部湖畔の針葉樹の森から、白い雄大な景色となる。この広い世界に我々二人のみ。
 予報どおり今日も快晴で、朝の冷え込みから一転、気温がぐんぐん上がる。谷の中は風も弱く、日射で体力が奪われていく。靴擦れができたようで、調子も上がらず。1時間に1本の割合で休憩をとるが、ひたすら時計を見ながら、次の休憩ばかり求めるような登高が続く。三浦さんに少し遅れながら、ようやく一ノ越到着。
 いつもどおり風の通り道で寒い。雪が少ないとはいえ、室堂側もさすがに真っ白だ。ここで、アイゼンを着け、スキーをザックにくくりつける。頂上まで標高差300mで1時間の登り。肩にザックが重く、背中のスキーが風にあおられる。私は、(たぶん三浦さんも)もうクタクタであった。登ったはよいが、この状態で滑降できるのか?
記録的には意味はないのだが、雄山頂上から滑降することは、ラインとして美しく、今回の山行に花を添えるようで、二人とも当然のこととしてこの苦行を受け入れていた。
11:40頂上。まあ、よい時間だ。レーションをほおばり、呼吸と心を落ち着かせる。
雄山神社に手を合わせる。ブーツを締め、ヘルメットをかぶり、滑降準備に入る。集中して、安全に。自分に言い聞かせる。
 神社裏から雪はつながっている。ローソク岩が随分と小さく見えるなあ。ひとりずつ、スキーを履いて雪面に飛び込む。滑降ラインをさぐりながら、雪面を確かめる。トップで三浦さんが、慎重にターンをきざむ。問題ないようだ。私も続く。斜度はあっても、斜面が広いので、恐怖感はない。ローソク岩が近づくにつれ、雪もやわらかくなり、連続ターンを決める。
 ローソク岩付近は、やや重めの薄いパウダーと言っていいだろう。二人とも絶叫しながら、順に滑降する。苦しい登りの引き換えと、山の神様のプレゼントを存分に味わった。疲れも荷物の重さも忘れている。何処を滑っても我々だけなんだから!
 雷鳥平に下りると、風が遮られ、春のような世界であった。見上げると、頂上から2本のシュプールがきれいに引かれていた。笑いが消えない。
 計画では、ここからさらに奥大日岳に登りカスミ谷を滑降する予定だったが、さすがにその時間も体力もなかった。、大日をやるにはここでもう1泊が必要だろう。
 計画を変更して立山川を滑り下山することとする。春の腐れ雪となった斜面を室堂乗越まで上がる。いよいよ、最後の滑降である。疲れた身体で怪我しないよう、互いに確認する。
 ここも滑り出しは結構な急斜面なんだが、「もう慣れたよね」と言いながら飛び出していく。確かにね。
 源頭はひろいカール地形だが、まもなく両岸から崖が迫り、いくつもの大きな谷が合流する。日本離れした景観を楽しみ、両岸からのブロック雪崩に注意しながら、ひたすら滑り降りる。平らになり、ところどころスキーを漕ぐようになると、ドッと重さと足の疲れが襲ってきた。
もう既に除雪された馬場島で終了。スキーを脱ぐ。握手をかわす。お疲れさまでした。どうもありがとう。2万5千分の地図2枚分をフルに走り切った。
 ここから一般車進入禁止のゲートまで約1時間歩く。地元の親切な人が車に乗せてくれ、上市まで送ってもらった。