中央アルプス 越百山〜仙涯嶺〜南駒ヶ岳
2004/3/26〜28
L佐藤(敦)、佐藤(英)(記)
■3.26(金)曇〜晴
林道終点07:00〜福栃橋08:00〜越百小屋14:00

<福栃橋〜越百小屋>

 夜8時、高円寺駅に集合する。駅近くの銭湯に入ってから、中央道を飛ばす。塩尻で降りて19号をひた走る。冷たい雨がフロントガラスを打つ。連日連夜の不摂生が祟って運転が辛い。

 木曾谷の山は遠い。豪雪敗退の前回同様、中央本線「倉本」の駅舎でSBPする。蛍光灯がサメザメと明るいのと国道のトラックの騒音が喧しいのが難点。眠りが浅いまま朝を迎える。

 須原から林道に車を入れる。夏は越百山の登山客で賑わうだろう棚田のような大きな駐車場に車を置く。最近、遭難でもあったのだろうか?登山届ポストの下に造花の花束とお酒が供えられている。

 空は鉛色。山も谷も墨を流したような重苦しいガスに包まれている。

 林道は除雪されていて歩きやすい。正月前後のラッセルだと3時間はかかる福栃橋まで1時間弱で着く。
 前回、深雪に喘いで、ヘトヘトでたどり着いたテン場まで、今回はあっけなく到着する。雪が深くなってきたあたりでワカンを付ける。今回は二人なので共同装の負担が大きい。重荷での急登が苦しい。

 木漏れ日が差し込む。ガスの切れ間から清々しい青空が覗く。

 越百小屋は眺望絶好のロケーションに建つ。冬季小屋を探索するが、多分、雪の中なのだろう、見当たらない。小屋は二階まで埋まっている。屋根の高さ程を整地して、息苦しいほど小さなテントに身を捩って入る。

 アーベントロートの南駒ケ岳と仙涯嶺が美しい。遠く御岳も乗鞍も槍穂も夕焼け色に染まる。明日は早立ちのため、冷えたワインをグビグビ飲んで早々にシュラフに入る。下界は春の陽気らしいが、刺すような寒気でなかなか寝付けない。

■3.27(土)晴
越百小屋05:45 〜越百山08:00 〜仙涯嶺12:00〜南駒ヶ岳15:00〜展望台20:00

<越百小屋〜越百山>

 雪深い樹林帯をワカンで抜けると、目前が開け、陽光が差し込む。やせた雪稜は、両側が切れ落ちていて、そこそこに恐いが、ザイルを出すほどでもない。雪が締まったあたりで、ワカンを外す。アイゼンがパツパツと小気味よく効く。
 
 一昨年の秋(丹野さん、林さん、敦子と英明の四人で)仙涯沢を遡行して意地悪な這松と悪戦苦闘して登った越百山に再び立つ。
南アルプスの後方に富士山がひょっこりと顔を出す。振り返れば、御嶽、乗鞍、槍穂の山々が雄々しい。彼方には優美な白山が裾野を広げる。

<越百山〜仙涯嶺>

 北風が冷たい。主稜線は、強風で雪が吹き飛ばされて砂礫が露出している。仙涯嶺は岩塔の鎧を纏って我々を威嚇している。

 いよいよ、険しい岩稜帯に入る。切り立ったピークの直下でルートがわからなくなる。何度も偵察に出るが、正面の雪壁を登るしか手はなさそうだ。ザイルを出すか否か迷ったが、この程度でザイル出していると先が思いやられる、ということで、慎重にキックステップを刻む。

<仙涯嶺〜南駒ヶ岳>

 氷結したチムニーのクライムダウンでワンポイント確保となる。最後までノーザイルで逃げ切るつもりだったが、難しかった。核心のトラバースで否が応にもザイルを出すことになる。
 切れ落ちた垂壁の僅かなバンドをたどる。氷雪を蹴り込んではジリジリと蟹の横這いで進む。ランナーは灌木でとれるが、依然、ルートは判然としない。雪壁のトラバースと氷結した草付きのクライムダウンに緊張する。全4Pザイルを出す。

 一旦、コルに降りて、南駒ヶ岳への苦しい登り返しとなる。巨岩を縫うように登るが、とうとう、行き詰まる。右か?左か?悩ましいところだが、いずれも急雪壁のトラバースとなる。足元の雪が流れ落ちて気持ち悪い。
 
喘ぎに喘いで、ヨロヨロでたどりついたピークは<贋ピーク>。目前に重厚な南駒ヶ岳が鎮座している。全身の力がフニャフニャと抜ける。心底ガッカリする。

<南駒ヶ岳〜展望台>

 南駒ヶ岳からは、空木から木曽駒にかけての長駆の稜線が望まれる。槍ヶ岳に似た宝剣岳が黒く尖って見える。

 あとは下るだけだから楽チンだ!と思ったのが、甘かった。
複雑な岩稜帯はルートどりが難しい。突然、足元の氷板が剥がれ落ちる。滑って落ちたら谷底まで一直線!・・敦子、号泣。   
目前が切れた大岩は空中懸垂となる。敦子、再び号泣。着地しても号泣延長。空中懸垂トラウマか?
思いの外、時間を喰って焦りが出る。ここで全6Pザイルを出す。

 南駒ヶ岳の前衛峰の頂丘(2712m)にテントを張ろうと考えたが、風が強いため、もうひとガンバリすることにする。御嶽に陽が落ちる。

夕闇迫る中、今回、最大の核心の馬乗りナイフリッジとなる。灌木で支点がとれないピッチはスタンディンク・アックス・ビレイとなる。敦子のスタンディング・アックスはオソロシイ。
 一箇所、どうしても稜上の通過が難しく、巨大な雪帽子の直下を巻く。落ちそうな雪塊を見上げながら、約70度の雪壁を横移動するのは恐い。落ちたら谷底まで飛ぶこと間違いなし。敦子、壁に貼り付いて三度目の蝉&号泣。

 ザイルが灌木に絡んで難儀する。木曾谷の夜景を彼方に、ヘッドランプを頼りにグロテスクなナイフリッジと格闘する。喉はカラカラ。全身ヘロヘロ。悲壮感満点。しかし、失敗は御法度。落ち着いて、セオリー通りに処置する。

 20時、待望の安全地帯(大展望)に到着する。ここにテントを張るのが長年の夢だった。ようやく叶った。

 全14時間の行動で過度の疲労となる。食事が喉を通らない。しかし、明日はもう難しいところはない。身も心も緩む。ワインを飲んで酩酊。ラジオを聴きながらウトウトする。就寝は午前様になる。

 名古屋の街灯りが漆黒の空を茜色に染める。

■3.28(日)晴
展望台07:30 〜2411m08:30 〜展望尾根(道迷い)〜2411m11:00 〜無名沢(道迷い)13:30 〜今朝沢15:00 〜ニワトリ小屋橋15:30 〜福栃橋16:00 〜林道終点16:30 

<展望台〜2411m〜道迷い〜2411m>

 雪に埋まった道識は、標高2411mを示している。エアリアでは、この2411mを展望台としている。しかし、ここは樹林に囲まれて展望はない。しかも、テン場(大展望)で2411mに合わせてきた高度計は、尾根の屈曲点である2235mピッタリを示している。ということは、標識が間違っているに違いない。ここが屈曲点に違いない、と、その時は思った。

 一方、GPSはここで屈曲せずに、直進するように指示を出している。「ITというものは、いい加減なもんだ。やはり、最後の最後に信じられるのは人間の智恵だけなんだなぁ。」な〜んてガッテンする。

 結果、間違った尾根を降りる。越百山〜南駒ヶ岳の荘厳な大展望に酔い痴れて軽快に駆け降りる。一昨年ここを登った時にはなかった絶景だ。オカシイ?急な雪壁や困難な岩場も出てくる。藪や灌木もシツコイ。アヤシイ!
 綺麗な雪の平坦地に飛び出して、地図を睨む。ようやく、間違いに気が付く。ここは隣の尾根だ。いさぎよく、全行程を登り返すことにする。約3時間のロスとなる。

 標識に戻り、高度計の標高を2411mにアジャストして、今度こそGPSを信じて進む。標高2235mで屈曲点を示す赤テープを発見する。人間よりGPSの勝ちだった。

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ここで、稀有な事実に気が付きます。下記のデータを見てください。

A)テン場(展望あり) 2591m
B)エアリアの展望台(展望なし)
=間違った屈曲点    2411m
C)正しい屈曲点      2235m
A−B=180m≒B−C=176m
 
なるほど、AとBの標高差とBとCの標高差が凡そ同じです。つまり、大展望のテン場(2591m)をエアリアの展望台と解釈して、標高を2411mに合わせると、Bは、凡そ2235mとなって、あたかも正しい屈曲点と勘違いしてしまうことになります。
 同じく、Bを2411mに合わせるとCは2235mとなります。
 昭文社エアリアの2411mの展望台の表記は間違いで、展望台は2591m(今回のテン場)が正しい。と思います。

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<2411m〜道迷い〜今朝沢〜ニワトリ小屋橋>

 相変わらずルートは判然としない。今度はGPSを信じて進むが、完全に迷ってしまう。現在地も判らない。左眼下には、巨大な氷瀑を湛えた沢が見える。GPSにアップロードしたデータが間違っていたようだ。
 広い雪原の伐採林に迷い込むと、鹿冊を発見する。人の気配に僅かながらも安堵する。
 夕暮が迫る。気は焦る。フォーストビバークか?ガスもある、テントもある、食料も水もある。装備は十分。しかし、20時には救助要請が出てしまう。山行管理の渡部くんの困惑した表情が目に浮かぶ。

 シャレにならなくなってきた。手詰まりとなって、沢を下る決心をする。モナカ雪がのった腐った倒木を踏み抜きながら細流を下る。焦る。右往左往した挙げ句に、尾根の懸垂を考える。しかし、下部がどうなっているのかが判らない。しかも、複数回の懸垂は時間を喰う。少し休憩。冷たい流水を飲んで逸る気持ちを鎮める。

 結局、残雪を縫って騙し騙し沢を下ることにする。案の定、大きな滝に出る。よく観察して巻き下る。沢登りの経験が役にたった。

 ようやく今朝沢の本流らしきに降り立つ。しかし、現在位置の確信はない。いずれにしても下流に向かうと、潅木に巻かれた黄色いテープを発見する。テープは点々と続く。プラ靴を濡らながら、右岸、左岸と徒渉を繰り返し、廃道らしきに出る。
助かった!
そして、遂に、待望のニワトリ小屋橋に出る。歓声があがる。厳しかった。上部で別な尾根に迷い込んだらしい。

 復路の林道には我々が入山した時の足跡のみ。この三日間、この山域には誰も入っていないらしい。林道終点近くで岩魚を抱えた釣師に出会う。

 久々に二人での登山でした。厳しくも楽しい山行でした。とても充実しました。

<コメント> 佐藤(敦)

 一月に登頂できなかった超百山をリベンジできた。しかも、仙涯嶺、南駒ケ岳を越えての大おまけつきである。

 ぶなの会で、中央アルプスに行く人は少ない。雪の中央アルプスはいいですよー!人が少ない、山深い、雄大な景色が楽しめる、天候が安定している。
 越百山、仙涯嶺、南駒ケ岳の絶景が眼前に広がるホテル・サトー。夕方になれば峰々がオレンジ色に染まる。夜は天の川に、大都会、名古屋の遠大な景色が広がる。ゴージャスな景色を堪能する。これだから雪山はやめられない。私は夏の沢で谷底に泊まるよりも、雪山の稜線ホテルの方が好きだ。

 今回の山行は、これでもか、これでもかと困難な場面に出くわした。夏道の経験がないので、仙涯嶺〜南駒ケ岳〜展望台までのルートファインディングが非常に難しかった。急な雪壁の登りや、午後の腐ったグズグズ雪のトラバース、いつ崩れるか不安でたまらないヤセ尾根の通過、空中懸垂など・・・本当にイヤだった。こういうハラハラドキドキのルートは好きではない。このルートを歩くには、私はあまりにも訓練不足であることを痛感した。

 しかし、この困難なルートの印象を吹き飛ばすような事件が翌朝起きた。宿泊した場所から林道までは、過去、往復2回行っており、危険箇所もほとんどないので油断していた。またエアリアマップの名称が間違って記載されていたため、現在地の把握を間違えて、別の尾根を降りてしまった。  以前、降りた尾根と似た印象であるが、やけに越百山が近く見えるし、雄大な景色が続く。間違ったと気づいてから2時間の苦しい登りかえし。

 その後はもう安心、あとは林道歩きだけだと思っていたら、また道を間違えた。とにかくわかりにくい道なのである。ナビに導かれて、どんどん深みにはまっていく。(ナビの登録が正しくなかった)そのうち、自分がどこにいるのか、まったくわからなくなった。地形図には出ていない盆地状の台地が出てきた。

 プラブーツでのヤブコギ、沢下り、沢の渡渉。時間はどんどん過ぎていく、あぁやばい、これでは遭難だ。装備も食材もたっぷりあるし、水も流れているので、ビバーグしても生命の危険はまったくないが、下山連絡係のナベちゃんの不安げな顔が浮かぶ。出動待機の緊急連絡が回ってしまうだろう。会社も月曜日は休みだ。あ〜まずい、まずい。

 そのうち、林道までの道を導いてくれるリボンが出てきてバンザイ!無事、登山口にたどりつけた。

 雪の中央アルプスは、自分たちだけの静かな山登りが楽しめる。でも甘くなかった。
油断していると痛い目にあう。