剱岳北方稜線ハイライト
2003/07/19-21
村瀬みゆき(L)(記)、野村美弥子、松崎洋子

7月19日(土) 雨のち曇り

8:20室堂〜9:00雷鳥平〜10:40剱御前〜11:20剱沢小屋〜12:40真砂沢ロッジ〜14:05二股〜16:30池ノ平小屋

 案の定天気は悪い。室堂に着いても稜線上はガスに隠され、小雨が降っている。それでも3連休なので登山者は多い。みな色とりどりの雨具を着て続々出発してゆく。私たちも天気を見ながら、真砂沢あたりまでとにかく行ってみることにした。悪そうなら阿曽原温泉につかって、欅平へ行こうか、と思った。
 雷鳥坂を登り始めると、胸が苦しくなり心臓がバクバクした。だいじょぶかいな?と自分で思う。野村さんにもっとゆっくり登ってもらうようお願いする。
 途中から雨が強くなり、剱御前の小屋の中でちょっと休憩。ここからは下りなので楽になる。すぐに雪渓が出てくる。今年はまだ梅雨も明けていないし、雪はたくさん残っている。雪渓上の踏み跡をたどり、剱沢小屋へ。ここで大部分の登山者は終了だ。剱沢を下って行く人はだれもいない。
 アイゼンをつけ、これが平蔵谷、あれが長次郎谷・・・などと野村さんの解説を聞きながら、雨の中を下って行く。至る所に滝ができていて、水音がシャーシャー音をたてている。 下るにつれて痛い雨もやむ。(雨粒が大きくて身体にあたると痛いのだ。少しアラレっぽかったのかもしれない。なにしろ、山頂は"雪"の予報だったから。)
真砂沢で北方稜線に行くという3人Pに会ったので、俄然心強くなる。こうなったらもう池ノ平まで行くっきゃない。あとでわかったことだが、このうちのひとりの男性はガイドでふたりの女性客を連れてきた大阪のPだった。
 真砂沢ロッジの人が手書きの略図看板を示しながら、危険個所や迂回路を教えてくれる。3人Pが出た後、わたしたちも出発。天気も良くなってきて、時々日も射してきた。こうなると、明日もしかしたら行けるかも、という期待がふくらむ。途中で剱沢の水流近くのトラバース地点に真新しい鎖を設置している二人に会った。ご苦労様です。「ここから先はそんなに悪い所はありませんよ。」と言ってくれた。
 二股からの仙人新道がきつい。ずっと急勾配が続き、なかなか池ノ平と仙人池の分岐が現れず、まいった。分岐地点に池ノ平小屋の「大展望露天風呂あり」の看板に3人小躍りする。これは這ってでも行かなければ。
 トラバース道を行き、ようやく待望の小屋が見えた。左の雪渓から8人ほどのPが登ってくる。野村さんによると、志水哲也のガイドPらしい。真砂沢では影も形もなかったのに、なんて速いのだろう!
 でも彼らは小屋泊まりだから荷物軽いしね、などと溜飲を下げながらビールを買い、ほんとはテント者は入れない五右衛門風呂に強引にお願いして入りました。体がポカポカ温まりました。
 夜中また雨が降る。

7月20日(日)曇りのち雨

5:55池ノ平〜6:40小窓雪渓〜7:40小窓〜10:30小窓ノ王〜10:54三ノ窓〜11:53池ノ谷乗越〜14:40剱岳山頂〜17:30早月小屋

 朝、野村さんの「くるみ割人形」が鳴らず、寝坊。空を見てみると、曇ってはいるがそれほど悪くはない。志水哲也P(なんだかみんなかっこうが決まっていた。)と3人Pも出発したので、彼らの跡をついていけばなんとかなるのでは、と私たちもとにかく小窓まで行ってみて、そこで行くか戻るか決めることにする。
 ところが、歩き始めて5分ほどの最初の雪渓でもうルートを見失い、へんな尾根に登ろうとしてしまった。くわばらくわばら。もっと落着いて周りを良く見回すこと。
 小窓雪渓は傾斜もゆるく、時間もかからずにコルに着けた。コルで休んでいた志水哲也Pはすぐに出発して行き、少し先に着いていた3人Pも出発。私たちも後に続いた。
 3人Pについていくと踏み跡が途中で判然としなくなり、ハイマツのヤブ漕ぎの後、稜線に出ると稜線上に明瞭な踏み跡があった。ここから先は3人Pと後になり先になりして、進む。たぶん私たちだけだったら、途中でルートを見失い、断念しただろう。特に岩場に来るとどこもルートのようであり、どこもルートでないような感じだ。つまりどこでもとにかく自分が登れそうな所を登る、ということなのだろう。しかし動く岩が多く、下に人がいると恐ろしくて一歩一歩にとても注意を払わなければならない。
 雪渓のトラバースでは志水哲也Pに感謝。ステップがしっかりついているので、恐怖の度合いが違う。
雨こそ降ってはこないが、周囲はガスにつつまれていて何も見えない。突然目の前に岩峰が現れたりして、びっくりする。小窓ノ王から三ノ窓に下るガラガラのルンゼは苦労した。そしていよいよ恐怖の池ノ谷だ。"超落石注意地帯"である。しかし、野村さんが上手に踏み跡を探して登ってくれたので、それほど蟻地獄の恐怖を味わわずにすんだ。
 岩稜の登り降り、草付き斜面のトラバースなどを繰り返し、長次郎の頭あたりで雨が本格的に降り出す。最後コルに下りる所はかなり立っていたので、3人Pに習って懸垂する。今回最初で最後のロープ使用だった。この時雨は土砂降り。左の長次郎雪渓を下って行く志水哲也Pが見えた。きっともう山頂まで行って下るのだろう。3人Pもここから雪渓を下ることにしたらしい。さて、私たちはどうする?
 「どうする?」と聞かれてとっさに「山頂まで行って早月尾根を降りる!」と言った私ははっきり言って無謀です。松崎さんが傍らでクリクリした目をよけいクリクリさせているのがわかった。私も自分で言いながら、ばかなことを言っている、と思った。せっかくここまで来て降りてしまうなんて、あともうちょっとで縦走が完成するのに、という思いが強かったためだが、人はこうやって無謀な行動をとったあげく、まずいことになるのだろうな、と思った。
しかしもしあの土砂降り状態がずっと続いていたら、さすがに私も山頂はあきらめ、彼らの後を追って雪渓を下らざるをえなかっただろう。幸い雨が小降りになったので、最悪、長次郎のコルにテントを張ることも考慮に入れて、岩場を登り始めた。
 ありがたいことに、野村さんが適格にルートを見つけてくれて、迷うことなくグングン登れる。ピークを越えた所で、源次郎尾根を来たという二人Pに会い、山頂はもうすぐということもわかり、先を急ぐ。
「祠が見えた!!」と言う野村さんの声がなんとうれしかったことか。誰もいない雨の山頂にたどり着く。やったー!! 周りはなにも見えなかったが、当初あきらめかけていた計画を実行でき、山頂を踏めた喜びは大きかった。
 すぐに下山にかかる。疲れてはいるが、明るいうちにけがなく、早月小屋まで行きたい。私には初めての早月尾根だ。いつか雪のある時期に来たいので、その下見もしておきたかった。山頂直下が岩場だと聞いていたが、前剱からの登山道の方がたいへんだと感じた。山頂から小屋までがとても長く感じられた。すべったり石車に乗って、ねんざしたり転倒したりしないように心して下った。事故を起こしたら、せっかくの縦走成功が台無しである。
 小屋に遅く着いたので、小屋の人が乾燥室にぬれた物をすべて干させてくれ、くつにつめる新聞紙やサンダルも貸してくれた。ありがたいことです。 テントの中で立山ワインで祝杯をあげました。
 ひとりでは到底行かれなかった北方稜線に同行してくれた野村さん、松崎さん、ありがとうございました。たいへんだったけど、おもしろかったです。こういう山行、またやりたいです。


雨の剱岳・北方稜線(コメント) 野村 美弥子

 またこの場所を夏に訪れる事になるとは思ってもいなかった。
 池の平〜小窓〜剱岳という、このルートは、7年前の夏に、ひょんな事で計画外の行動として行く事になってしまった所だ。
 山登りを始めたばかりの頃、初めての夏の縦走がこの裏剱であり、思い出深い場所である。そして、山にのめり込むきっかけにもなった山行だった。
 山の事をほとんど知らない当時の私は、対面のコルから見た池の谷ガリーの風景に、息を呑んだ。あり地獄さながらに見えた。
 それから年月を経て、ぶなの会に入会して最初のGW・春合宿に、この地を再訪した。雪に覆われた小窓を見たかった。大きな岩が私の足にぶつかりながら滑り落ちていった、あの池の谷ガリー。忘れようにも忘れられない。

 ともかく、私は、今回、2度目の夏の小窓に来た。(ここを北方稜線と言うのは最近になって知った)今回の3連休の山行を企画したリーダー・村瀬さんにとっては初めての剱岳バリエーションルートとの事。
 私は過去行っているのでルートはなんとなく記憶にある。雪の時期も行っている。
 日程的に都合の合う松崎さんを引っぱり込んで、女3人で行ってみることになった。
 村瀬さんは小屋泊まりで軽量化しようと言っていたが、小屋代をケチりたい私がテント山行を主張。2,3人用の会のテントがちょうど、手元にあったのもある。後の問題は天気だ。例年より梅雨明けが遅れていて、まだ梅雨は明けていない。室堂直通バスを予約してあるのはいいが、キャンセルは利かない。(利かない事は無いがかなりのキャンセル料は取られるだろう)不安は的中した。案の定この3連休は雨予報が出た。それもなんと、オホーツク低気圧が停滞しているとかで、Iモードのピンポイントで見ると剱岳山頂はなんと雪!!!そんなバカな、今は夏ですよ!と言いたいが、室堂は霙っぽい雨。こりゃ、確かに山頂は雪かも。どうなるの、私達・・・。天気悪ければ、2日目は、阿曽原で温泉三昧の予定だった。
 そうなるのは目に見えつつ、とりあえずは、ここまで来たのだから、まずは歩こう。真砂沢ロッジ迄行ければいいか、後はそれから考える事にする。剣沢までは、多くの人と数珠繋ぎで歩いていたが、そこを過ぎると突然、誰もいなくなった。ずっと雪渓歩きである。この皮の登山靴とカジタの12本歯アイゼンは7年ぶりに履く。夏の縦走はぶなに入ってから初めてでなんだか、とっても新鮮だ。雲行きは複雑だった。時折周囲が白む驟雨の様に降ったかと思うとその後小康状態を保ったりと微妙な感じだった。希望が見え隠れする思わせぶりな天気だ。そして、思ったより早く真砂沢ロッジに到着した。そこで、男性1人と女性2人のパーティと会った。なんと彼らも池の平へ行きその後、北方稜線へ行くと言う。私達の計画と同じではないか!こんな天気の日に、同じルートに行くパーティがいると聞くと心強い。
 そして、池の平小屋には、まだまだ十分に明るい内に到着する事ができた。小屋の前には、途中の剣御前小屋で見かけた、志水哲也さんが居てオッと驚いた。小屋の人に聞くと志水さん達パーティも北方稜線に行くらしい。テント泊は私達だけ。小屋泊まりは2Pで共にガイドツアーである。これはチャンスとしか言い様が無い。後を着いて行けば、なんとか、ルートを見失う事は無いだろう。最悪の天気の中で、滅入っている(頑張っている)私達への山の神様のお恵みか?
 その夜、池の平小屋では、7年前と同じく露天の五右衛門風呂に入れてくれた。疲れた身体がジーンと温まって実に極楽、極楽。真夜中、テントをパチパチと打つヒドイ雨音で目が覚めた。やはり駄目かあ・・・と夢うつつで考えていた。
 翌朝、外の雨は止んでいた。外に出て雲行きを眺めるが、なんとも言えない。昨日の予報では午前中はなんとか持ちこたえるようだ。6時頃、志水哲也さん達Pは、テントを畳む私達の傍を笑顔で出発して行った。そして真砂沢で会った3人Pも続いて出発。一番最後になってしまったが、私達も小窓辺りか行ける所迄行って駄目なら引き返そうという事で、出発した。
 唯一、このルートの経験者である私が、いちおう、トップを歩く。なんと言っても2P10人近い人が、前を行ったので、雪渓トラバースには、しっかりと踏み跡が、刻まれている。これにはかなり楽をさせてもらった。(これが無いとルーファイにも不安があってきっと途中でくじけていただろう)ありがたい。小窓雪渓の所でやっと前の2Pに追いついた。雪渓の終了点からは岩稜帯と草付の登りとなるが、どうもルートが判然としない。そこからは、大阪からの3人のパーティと前後しつつ進む。岩と這松藪漕ぎを経て雪渓のトラバースが2度程出てきたが、そこら辺りで、大阪3人Pより前を歩く事が出来て、面目を保った(か?)そして見覚えのある小窓の王のコルへ到着。ここからはもうハッキリとルートを覚えている。三の窓までの下りも岩場に沿ったすごい急勾配である。ここは、GWの雪の時は、懸垂した所だ。
 そして、やっと三の窓のBPに着いた。ここから池の谷がリーが始まる。ガスで真っ白で対面のコルからは、何にも見えなかった。残念!ここを村瀬さんと松崎さんに見せたかった。7年前の私の驚きを味わってもらいたかったのに・・・。小休止の後、私が先頭で、登り始める。ザラザラのガレ場にわずかな踏み跡が残る部分を発見した。
 それにだいたい沿って歩いたら、落石が少なくて済んだ。7年前は歩く傍からラクッーの繰り返しで、実際自分も他人の落石で怪我をしたが、今回は上手に歩けたかなと思う。(これも志水さん達Pのおかげ)割と順調に早く池の平のコル到着。2年前のGWにはここで八つ峰Pと感激の合流をしたんだなと懐かしい。ここから剱本峰へは岩稜帯だ。さて、どのルートを・・・と迷っていたら、ここで先の大阪3人Pに先を越されたので、また後を追う形となる。そのうちに、ポツポツと雨粒が頬を打ち始めた。それから間も無くザーとすごい大雨になる。午後から雨という天気予報はあたった。やる気が萎えるようなザーザー降り。大阪3人Pは山頂は諦めて、長次郎のコルから雪渓を下って早々に下山するようだ。下を見るともう1P雪渓を下っていくのが見える。これから、どうすべきか3人でう~んと悩んだが少し小降りになったので山頂を目指すことにした。濡れた岩場で滑らないように注意しながらルートを探すが、そう迷わずに正しいルートを進んだようで、順調に剱岳山頂の到着できた。
 この悪天の中、何度もくじけそうになりながら、よくぞここまで来たものだと満足感がこみ上げてくる。登頂記念の写真を撮った後は、早月尾根を急いで下った。
 出始めは女3人の山旅気分だったが、最後はなかなかハードで、充実感のある山行となった。村瀬さん、松崎さんありがとう。