黒部川S字峡スキー横断
〜鹿島槍ヶ岳から黒部川S字峡を横断し剣岳に迫った、会心のスキーツアー記録〜

03/3/21〜23
メンバー:三浦大介(記)、亀岡岳志

スライドショー
■ 行程
大谷原〜西沢〜赤岩尾根〜鹿島槍南峰〜鹿島ウラ沢〜東谷〜東谷山尾根〜S字峡横断(雲切谷出合スノーブリッジ)〜雲切谷〜雲切尾根〜仙人山〜平の池〜小窓雪渓〜小窓〜西仙人谷〜白萩川〜馬場島〜ゲート

 ついにこの課題を成し遂げることができた。構想から実践まであしかけ5年。これまでに黒部源流から下流部へとスキー横断の実績を徐々に積み重ねてきた。そして今回、念願であった下の廊下、S字峡での横断に成功した。これは今日的な意味合いでの横断スキーをやり始めた我々の、黒部を舞台にした一連のドラマの到達点でもある。
 全行程2泊3日。鹿島槍から鹿島ウラ沢の大斜面を滑降し、雲切谷出合のスノーブリッジでS字峡を横断。さらに仙人山から小窓雪渓を経て最後は西仙人谷を豪快なパウダーラン。これ以上は望むべくもない、スキーの機動力を存分に生かした素晴らしいツアーラインであった。

3/21(金、晴れ)

 夜行列車で大町入り。準備してタクシーに乗り込む。今年は残雪がかなり多いと運転手が言う。しかし大谷原までの道は既に除雪されていた。この付近での積雪は1m50cmほどであろうか。朝の冷え込みは比較的緩い。終点には車が2台止まっているだけで、連休ではあるが思っていたほどの入山者はまだない。もちろんスキーヤーは我々二人だけだ。

 朝食をとり、スキーを履いていざ出発。表面がクラストした雪に機嫌よくスキーを滑らせ、通いなれた鹿島槍への道を快調なペースで進む。西沢出合で小休止し、スキーアイゼンを装着する。

 西沢からスキーで鹿島槍へ登るのはこれが3度目である。もちろん時期的には今回が一番早く、積雪量も多い。まだほとんどデブリの出ていない西沢を順調に登高する。暫くは柔らかい雪と堅い雪質が交互に現れる感じであったが、上部に進むにつれ、徐々にスキーが沈んでくる。二人で交互にラッセルを続ける。通常は最後まで沢をつめあがれるのだが、西沢奥壁からの雪崩を警戒し、早めに右の赤岩尾根に上がることにする。

 以前たどったことのある右の支尾根に取り付き、途中から板を担いで2220m付近の稜線に出る。時刻は11時。稜線の風はまだ冷たい。正面にまだ白く輝く鹿島槍がその優美な姿を現す。そのまま稜線をたどり、最後の急な雪壁は残置されていたフィックスロープを利用して直登する。ほどなく主稜線である。黒部川をはさんで対岸にキノコ雪に覆われた襞を持つ黒部別山、さらにその背後には純白の剣岳がその勇姿をみせる。剣立山はまだたっぷりと白い雪をまとっている。

 赤岩尾根の頭からコルまで下降し、そこからスキーで樹林帯を進む。昨年4月にお世話になった冷池山荘の冬期小屋を過ぎ、北股側の巨大セッピに注意しながら稜線上を進む。布引山手前からは傾斜が急になるのでシートラーゲンする。徐々に夜行疲れが出てきてピッチがあがらない。最後は鹿島槍南峰直下を左にトラバースして牛首尾根に出る。ここで時刻は15時30分。亀岡氏を待つ間に鹿島ウラ沢へのエントリーポイントを探る。昨年中間部まで試滑走したときより北西面側にセッピが発達している。その確認に少々手間取る。

 16時、鹿島ウラ沢の滑降を開始する。三浦先頭で平均斜度40度の大斜面に飛び込む。前回と同様、最上部のバーンは堅雪である。横滑りで慎重にここをクリアしてから、上に乗った新雪を利用してターンを始動する。雪質はまずまずである。雪質の変化をみながらやや右寄りに小回りでターンを続ける。暫くするとくるぶし程度の良質な雪質になる。真下に見える小さい島状の台地を目指し、広大な斜面に二人してシュプールを刻み込む。台地からは亀岡氏が先頭で右の沢筋に入り込む。

 ここからは雪がやや深くなり湿雪に変わる。雪崩に警戒しながら沢筋を滑るが、いつでも左の小尾根に逃げられるようにする。暫く下降すると、傾斜が急になりのどの部分に出る。眼下には広大な白い谷底が光っている。ここは表面のぐずぐずの雪層を蹴落としながら、ジャンプターンで切り抜ける。亀岡氏は左側の尾根を回りこんで滑った。ターンごとにスラッシュが起こるが、全体が雪崩れることはなさそうだ。雪崩れた後の堅斜面を利用して滑る。ほどなく傾斜が緩くなると谷底である。

 鹿島ウラ沢は西面で十分に日が当たった後でもあり雪質はやや悪かったが、谷底まで傾斜はほぼ一定で、緊張感のある標高差約1000mの大滑降が楽しめた。

 谷をさらに進むが、ここからは表面がパックされたモナカ雪になり滑降がはかどらない。予定では東谷の合流点まで行くはずであったが、時間も遅いので1650m地点の支沢の分岐に適地を見つけツエルトを張る。晩は本日の行動を踏まえ、これからの予定について十分な検討を行なった。20時30就寝。

(コースタイム:大谷原6:30〜西沢出合7:30〜西沢〜赤岩尾根上11:00〜冷池小屋13:00〜鹿島槍南峰直下15:30〜鹿島ウラ沢エントリーポイント16:00〜鹿島ウラ沢滑降〜下部1650m地点18:00(泊))

3/22(土、高曇り)

 天気は予想通り高曇りである。冷え込みはそれほどは無いが、本日は1日中気温は上がらないだろう。S字峡の核心部、雪崩れの危険地帯に突入する我々にとって、これは願っても無いチャンスである。

 6時に出発。早朝のほどよくパックされた雪で昨日に比べれば滑降ははかどる。多少左右のルンゼからデブリがでているところもあるが、まだ雪面はそれほど荒れていない。比較的広い谷底を快調に滑降するとほどなく東谷との合流点に達する。東谷はこの部分はやや狭くなっている。

 周囲の状況を確認し、そのまま傾斜のさらに緩くなった東谷へとスキーを滑らせる。時折、谷底が割れて流れが顔を出している部分がある。水流はすくない。さらに谷は部分的に狭いところや左右からの雪崩れで段差になっているところもあるがしばらくは順調に進む。

 黒部川対岸の斜面が大きく見え出してくると、谷は狭まり、側壁は急峻になりV字を呈してくる。左右のルンゼからのデブリ跡が激しく波打ち、スキーでは能率よく進むことができなくなる。標高は1050m付近である。スキーを脱ぎアイゼンで偵察に向うが、谷はこの先さらに狭まり、側壁からのブロック雪崩れなどの危険が大きくなる。スピーデイーにスキーで通過できればよいのだが、かなりのアップダウンがあり、それはかなわない。滑降はここまで中止し、潔く東谷山尾根にあがることにする。幸運なことに右岸にデブリが出たルンゼがある。これを利用すればさしたる労力無く、尾根に這い上がることができるだろう。

 小休止の後、シートラーゲンでデブリの出た急なルンゼを登る。標高差約500mを登りきり、東谷山尾根上1530m地点に出る。この先、踏み抜き、セッピに注意しながら尾根上を下降する。ここはスキーを履くことも考えたが段差がかなりあるので担いだままにする。雪は比較的締まっているので坪足でもそれほどは苦労しない。既に黒部川の大きな流れが眼下にある。小1時間ほどで鉄塔のある最後のピークに到着する。

 期待と不安を胸に雲切谷の出合を覗き込む。「あった」。そこには大きなスノーブリッジがみごとに繋がっていた。もう一つのポイントである雲切谷登高での雪崩れのリスクも、それほどはなさそうに見える。「これはもらった!」この計画が一気に成功の方向に傾くのを実感した瞬間である。

 鉄塔から左の急な尾根沿いに下降し、最後は右のルンゼを慎重にクライムダウンすれば、黒部川の雪の河原に降り立つ。標高は850m。ここは春だ。汗ばんだ顔を洗い、ほてった体に黒部のおいしい水をたっぷりと注ぎ込む。今シーズン黒部川の水を飲むのはこれが2回目である。2度も飲めるなんてめったにないんじゃないかと思う。幸せモノだ。水筒を満タンにして持ち上げることにする。

 シールを張りつけスキー登高を開始する。スノーブリッジを余裕で渡り、横断成功。雲切谷を快調なペースで登る。途中デブリ帯で一箇所スキーをはずすが、二俣まではスキーで進む。ここから先は急傾斜になるので坪足に切り替える。雪が緩んでいて辛い登りになる。四足で這うように登る。最後のがんばりでなんとか急斜面を抜け、傾斜の緩んだ上部は再びスキーで登高する。ほどなく雲切尾根のコルに到着する。対岸にみえる坊主山が立派である。ここは気分のいい別天地だ。

 樺の木の下でツエルトを張る。核心を越えたこともあり、緊張がほぐれる。さあ明日、最終日もうひとがんばりで我々の目的は達成されるのだ。

(ビバーク地点6:00〜東谷合流7:30〜東谷下部1050m地点8:00〜右岸ルンゼ登高〜東谷山尾根上1530m地点10:00〜東谷山尾根下降〜雲切谷出合13:00〜黒部川横断13:30〜雲切谷〜雲切尾根のコル1620m地点17:30)

3/23(日、快晴)

 夜間の冷え込みは厳しかった。坊主山が赤く染まる。荘厳な夜明け。ゆっくりと朝食を済ませ、7時にシール登高を開始する。この雲切尾根は比較的幅広で、予想通りスキー登高向きの尾根である。雪質は上部に行くほどに深くなり、スキーがやや沈むようになるが二人で交代しながら登高を続ける。2Pでガンドウ尾根との合流点、南仙人山2173mのピークに到着する。

 「これは凄い!」。思わず歓声を上げる。裏剣の絶景が目前に迫っている。正面には雪をたっぷりとまとった純白の八つ峰の北面、クレオパトラニードルと黒く光り輝くチンネがみえる。後ろを振り返れば、既に遠く離れてしまった鹿島槍が少し霞んでみえる。なんという素晴らしい景色だ。天上の散歩道とはまさにこのことである。

 稜線漫歩を十分に楽しみながら仙人山手前のピークまで進む。ここからは眼下に見える平の池に向って滑降を行なう。雪質は日の当たる南西面ということもあり、良くはない。モナカ雪である。部分的に斜滑降とキックターンを強いられる。

 平の池からは右へ右へと急斜面をトラバースして、効率よく小窓雪渓1950m地点に降り立つ。時刻は11時。ここまでなかなかの良いペースだ。見上げる小窓雪渓は広大で傾斜は緩く、三の窓尾根と池平山の両側からのブロック雪崩にさえ注意すれば問題はなさそうだ。それほど緊張することは無く、黙々とシール登高を行なう。約1時間半の登りで小窓に到着する。

 期待と不安を胸に、反対側、西仙人谷を覗き込む。見下ろす谷はデブリもほとんどなく、まっさらなU字型の広い谷底がはるか下方まで繋がっている。両岸の側壁は大きく切り立ち、雪面には小窓尾根の陰影を映し出している。昨年度に滑った池の谷左俣とよく似た地形だ。谷底から吹き上がる風は冷たい。雪質は安定している予感がする。

 昼寝をしたくなるような快晴の小窓で大休止してから、最後の滑降に移る。1時半、三浦先頭で滑降を開始する。出だしの急斜面は日が当たる為か、モナカ雪である。これを慎重にこなすと雪面の色が変わる。パウダーの予感がする。最後のフィルムで亀岡氏の滑降シーンを撮影するために先をゆずる。「大当たりだ!」なんとここからはパウダーである。躍動感あふれるダイナミックなターンで粉雪を蹴散らしながら滑り込む。もうこれはなにをかいわんやである。お互い自由自在に豪快なパウダーランを満喫する。谷がさらに開けると、今度は大パラレルでかっ飛ばす。フィナーレを飾るに素晴らしいプレゼントを剣の神様は我々に用意してくれていたのだ。

 それにしてもこの渓谷のアルペン的な雰囲気どうだ。特に小窓尾根側の聳え立つ側壁にはみごとなまでの大氷瀑が幾つもかかっているのだ。この時期、ここに入ったものだけが知りえる荘厳な世界。みごとというほかはない。

 快適なパウダー滑降も大窓からの沢を合流すると終わりを告げ、春の重い雪質になる。それでもこの広大なゲレンデでは大回りのターンでスピーデイーに下降することができる。池の谷出合もともすれば気づかなかったほどだ。タカノスワリも右岸をへつれる。最後の堰堤も簡単に滑り降りることができ、後は林道を快適なスケーテイングで飛ばして馬場島までゴールイン。稜線から滑降を楽しみながらゆっくり滑ったつもりであったが所要時間は正味1時間半であった。

 馬場島で県警に下山報告し、電話を借りてタクシーをゲートまで呼んでおく。ここからは途中でスキーを脱ぎ、小一時間でゲートまで。あとは温泉と富山のうまいさかなでこの横断スキーの大成功を祝した。

(ビバーク地点7:00〜ガンドウ尾根9:00〜仙人山10:00〜小窓雪渓1950m地点11:00〜小窓13:30〜西仙人谷滑降〜白萩川〜馬場島15:00〜ゲート16:30)


 北アの核心部、黒部川のスキー横断をやろうと考えはじめたのは5年前だろうか。その手始めとして、99年に黒部源流ビックスリー(鷲羽、水晶、赤牛)の滑降を実施してから、はや4年の歳月が流れた。その間、我々は薬師金作谷からの上の廊下横断、大スバリ沢からの黒部湖横断、鳴沢から内蔵助谷への下の廊下横断を成功させた。そしてそれらの成果を踏まえ、今回の計画が具体化した。
 昨年は残念ながらチャンスは無かった。しかし今シーズン、ついにチャンスは到来した。稀に見る好天の巡り合わせを最大限に活用できた。このS字峡スキー横断は一連の横断の中でも最高のできであった、ということを記しておきたい。全行程2泊3日。その約8割でスキーを使用することができた。もうこれ以上は望むべくも無いくらいに素晴らしく、完璧なツアーラインであった。この山行を無事成功へと導いてくれた雪黒部の神様、そして最高のパートナーの存在がなければこの計画の達成はありえなかったであろう。両者にはひたすらに感謝するのみである。
 まるで宇宙を思わせるような大きさと懐の深さ、そして神秘性を合わせ持つ黒部川。この悠久の流れの核心部を最も合理的なスキーのラインで横断することができた。本ルートを私の好きなビートルズの名曲にちなんで"ACROSS THE UNIVERSE"と名付けたい。