知られざる冬の谷・南ア尾勝谷本谷未踏の氷瀑群の開拓
フェニックスとグランド・エンジェル(初登)

2002年2月−2003年2月 4回の記録
L.三浦大介(記)、中島史博、久住修(元クライミングメイトクラブ)


 アイスクライミングのメッカとして賑わいをみせる戸台川流域のとなり、南ア・仙丈岳の北西面に位置する尾勝谷は近年、支流の塩沢でJECCの廣川氏らにより充実したアイスクライミングのロングルートの記録が発表され一躍注目された。一方、尾勝谷本谷においてもごく最近、地球クラブの山岡氏らの活躍により、奥南沢左俣、右俣など新しいアルパインアイスのルートがトレースされた。山岡氏らはさらに遡行記録のない中南沢の左俣において尾勝谷周辺では最大規模の大滝を発見し、その登攀も行なっている。
 私も尾勝谷本谷は以前から氷瀑の未踏ルートがあるのではと狙いをつけていたが、99〜00年、年末年始の山岡氏らの奥南沢左俣の冬期初トレース以来、本谷はさらに気になる存在となり、登山体系にも載っていた奥南沢右俣の遡行記録には注目していたところであった。そんな矢先、01〜02年の年末年始に同氏らにより右俣がピオレトラクションによる初トレースされ、さらに中南沢の大滝90mの発見というニュースを聞くに及んで、尾勝谷本谷への想いはますます強くなった。(右俣が登られたときはやられたか、という感じだった。実は2000年の2月に亀岡氏と岳沢を登った後に、これを登ろうかと話していたのだった。)
先ずはその初登されたばかりの中南沢大滝を一目拝もうと思い、昨年2月の連休に中島を誘って念願の尾勝谷本谷へ初入谷した。本谷周辺にはまだ未知の支流があったので、探せば何か見つかるかもしれないという淡い期待感もあった。
 それ以来、計4度ここに足を運び、その都度ささやかではあるが未踏と思われる氷瀑を探し出し、その登攀を記録することができた。開拓も一段落したのでここにその報告をおこないたい。
 登った氷瀑の中で特に「グランド・エンジェル」と「フェニックス」(筆者命名)は共にロープスケールで60mを越えるみごとな氷瀑であり、中南沢大滝90mと並んで尾勝谷本谷の代表的な氷瀑になると思われる。今後、よりシンプルな形で再トレースされることを期待したい。また、周辺にはまだ未踏の巨瀑もいくつか確認されている。これらは今後の課題として紹介してみたい。

第1回目 (2002年2月9-11日)
第2回目 (2002年3月2-3日)
第3回目 (2003年1月11-13日) グランドエンジェル(初登)
第4回目 (2003年2月1-2日) フェニックス(初登)

第1回目(2002年2月9-11日)

メンバー:三浦大介、中島史博


<成果>
@ 年末に山岡らに初登されたばかりの中南沢左俣左沢ルンゼ(仮称)のF1、比高90mの中南沢大滝を、右氷柱のラインからダイレクトに登攀。
A 大滝と中間で分かれた左の沢沿い(中南沢左俣左沢=仮称)にさらにF2、F3、F4と15〜20mスケールの滝の登攀。(さらに上部の氷瀑F5は時間切れで未登)
B 中南沢出合から少し下の本谷右岸の無名ルンゼでオーバーハングの岩壁からなぎおちる50m以上ある大氷瀑「フェニックス」の発見。
C 暗峡の出口から少し進んだ右岸のルンゼに2段(下部を入れれば3段)の巨大ツララの集合体である。大氷瀑「羽衣の滝」の発見。

2/9(土) 晴れ時々曇り

 このところの馬鹿陽気で低地の氷は状態が悪いと考え年末年始に地球クラブの山岡氏らにより発見された中南沢の90mの大滝のトレースと、まだあると考えられる周辺の氷瀑探しに出かけることにした。冬の谷は雪崩れが一番怖いが、以前この時期に登った岳沢同様、読みはバッチリあたり、この時期としてはそれなりに雪は締まっていた。
林道に車を止め、林道を終点までつめて沢に入る。暗峡を抜けるまで数回の徒渉があるが飛び石伝いになんとかなる程度である。ストックが有効だ。初入谷であり緊張していた冬の谷、尾勝谷のアプローチもそんなには悪くなかった。わかんでの軽いラッセルで、ところどころ現れるテープを目印に進む。途中の暗峡の出口から少し進んだ右岸のルンゼに2段(下部を入れれば3段)の巨大ツララの集合体である大氷瀑「羽衣の滝」(仮称)を発見する。二人して驚きの声をあげる。が、状態は悪そうだ。さらに奥に進むと樹林の影になにか見える。場所は中南沢出合にいたる手前の本谷右岸の無名ルンゼである。近づくとオーバーハングの岩壁からなぎおちる50m以上あるすばらしい大氷瀑が姿を現す。これは形が不死鳥のように見えることから「フェニックス」と仮称した。いずれもツララの集合体で難しいクライミングを強いられそうであった。今回は偵察のみにする。
当初の予定通り、1600mの中南沢出合にBCを設営。出合では水がとれる。

(コースタイム:尾勝谷林道途中堰堤12:10〜口南沢出合15:00〜中南沢出合17:00)

2/10(日) 曇り時々雪

 BCから交代で中南沢のラッセルを開始する。ストックわかん必携。一度軽くなだれたあとでしまっている。ただし上部は柔らかい雪質でなだれの危険多少あった。二俣を左に入り2時間ほどで大滝の基部に到着する。なかなかでかい。山岡さんもいい氷瀑を見つけたようだ。目指すは氷柱ルートだ。
 1P目,三浦リードで未登の真中の氷柱を目指して登る。氷柱は薄くじっくり観察するが10cm程度しかないので中止し、さらに右の短い氷柱が若干厚いのでそれにする。少しトラバースしてピッチをきる。20m。雪が降り始める。スクリュー4本(4+)、スクリュービレイ。2p目は氷柱を登り出す。デリケートなアックス・フットワークが必要となる。途中数回、チリ雪崩を食らう。結構しんどいクライミングだ。氷柱の途中からスクリューを2本取り、さらに3本で傾斜の少し落ちたところでピッチをきる25m。(6−)スクリュービレイ。3p目は中島に登ってもらう。30mでところどころが垂直(5−)、スクリュービレイ。4p目、最後の凹角の4+から雪の被ったナメ滝へ、立ち木でビレイ。(30m、4+)さらに山岡氏らに報告されたF2、20m(4+)が確認できたが、時間が無いのでここから立ち木で懸垂下降50m、さらにVスレッドを作って40mで取り付きまで戻る。この辺りの地形は複雑である。大滝は実は本流に無く、小さいルンゼ(中南沢左俣左沢ルンゼ(仮称))から垂れているのである。本流は左側である。ここにも滝が続いているようであった。暗くなりかけた谷をBCに向かって駆け下る。テントでとりあえず大滝の別ラインからの第二登を祝う。

(コースタイム:BC6:10〜中南沢F18:00登攀開始8:30〜4P目終了15:00〜懸垂2p〜BC18:20)

2/11(月) 曇り

 最初は未踏の氷瀑がありそうな中南沢左俣の右沢へ入る予定だったが、途中で気が変わり、昨日と同じ取り付きまで行き、氷瀑の見えた左の沢筋を登ることにする。
1P目中島リード(以下つるべ)で昨日とは別なラインで左沢のF1(大滝と横につながっている)、40m(4+)を快適に登攀し、初登者が残したボルトのビレー点まで。2p目から本格的に左沢に入り、F2の小滝を超える25m(4)。3p目はラッセルのみだが50mザイルでは氷まで届かないのでコンテになる。4p目はF3の20mの氷瀑で4級、快適に登攀する。5p目はラッセル。6p目は20mF4を右の凹角から越えて、立ち木でビレイ。さらに上部にF5、20m程度の立っている氷瀑を発見するが、残念ながらここで時間切れとなる。F4までは初トレースだろう。中島と二人して満足。
 下降は潅木を利用し懸垂3pでF1のボルト終了点まで。さらに1p懸垂で取り付きに戻る。その後BCを撤収して帰路につく。

(コースタイム:BC6:30〜取り付き8:00〜8:30登攀開始〜F4上部12:00〜取り付き13:00〜BC13:30撤収14:10〜車16:40)

第2回目(2002年3月2-3日)

メンバー:三浦 大介、久住 修(元CMC) 


<成果>
@ 中南沢左俣を少し登った右岸のルンゼの登攀。F1(15m、4+)上部はナメ滝で終了。
A左俣の右俣の登攀。F1のナメ滝は傾斜が緩くフリーソロ。上部にF2の2段40mの氷瀑を登攀。4級。さらに2Pロープを伸ばすが氷瀑がないので下降。また前回の左俣の左沢は対岸からの確認によりF5で終了と思われる。
B新しい氷瀑の発見。本谷三俣方面にさらに少し進んだ左岸のルンゼの岩壁からなぎ落ちる大氷瀑。ハンギングで50m以上、さらに上部までナメが続いている。グランド・エンジェルと後に命名する。
Cその他、これの対岸(右岸)のルンゼに連瀑を新たに2ライン発見したが全部はつながっていなかった。

 友人の久住修氏をパートナーに二回目の入谷となった。予定では2月の後半に行きたかったのだが、中島、他のメンバーの都合がつかなかった。
やはり、今年は春が早かった。3/3の日曜は少し冷えこみがあったが、既にデブリも出ており、完全に春山に入った感じがする。土曜は春のような陽気でとてもアイスに来たとは思えないと、久住氏が言っていた。
 アプローチの際に見える羽衣の滝は、既に中間部の氷雪がなくなっていた。岩壁が剥き出しになっており、南面を向いて位置するこの滝は完全結氷しても難しいだろう。尾勝谷にはトレースが幾つかあった。猟師、釣師のものと、あと、やはり他パーテーが入山した様子だ。彼らはフェニックスには行っていなかったようだった。(トレースは無かった)中南沢左俣F1は新しいスクリューの後があった。また三俣方面にも本谷沿いにトレースがあった。彼らはどこを登ったのだろうかと気になるが・・・。

3月2日 (晴れ、春の陽気、気温10度)

 例のごとく渡渉をしながら沢沿いに本谷を進む。途中でフェニックスをチェックしに行く。前回より少し痩せた。左側は水が出ている。右の氷柱は登攀の可能性はあったがやはり時期遅し。最適期は2月中だろう。来シーズンは必ずチャレンジすることを誓う。
 例のごとく1600m地点BC設営後、中南沢大滝の真中の氷柱ラインを登るつもりで沢を進む。2俣からは凄いデブリである。やはりここは雪崩れる。1週間くらい前のものだろうか。大滝F1基部に破断面があった。上部にもラビネンツークを確認する。
 大滝の真中の氷柱ル―トを目指して三浦リード開始。しかし真中の氷柱は10cm程度と薄く、またも登れない。つるべ式に久住氏と左沢を3P、F2まで登って、懸垂2Pで下降する。やられたー。

(コースタイム:車8:00−BC12:00〜13:00、F1、F216:00下降、18:00)

3月3日 (ガス、晴れ、寒い)

 朝少し遅く出る。前回、目をつけていた、奥に氷瀑が見える左俣の少し先の左のルンゼに入る。ここもデブリが出ている。ルンゼには15m、80度、4+程度の氷瀑があった。三浦リード。なかなか快適。上部のビレイポイントは立ち木。さらにラビネンツークの上部を3Pほど詰めるが、後はフリーで登れる程度のナメ滝の氷瀑のみだった。残念。同下降する。
次に左俣の右俣に入る。ここにもラビネンツクークあり。F1のナメ滝20mは各自フリーソロ。登ると上部にF22段40mの氷瀑を発見。4級。三浦リード。さらに2P伸ばすが氷瀑がないので下降する。後で対岸から確認したところ、このさらに上部は雪壁のみと思われる。また、前回の左の左はF5で終了とみた。
 BCに戻り、残り時間を偵察にあてる。今回さらに新しい氷瀑を発見した。二人とも非常に興奮し、取り付きまでかけ登った。三俣方面に少し進んだ左岸のルンゼの壁からなぎ落ちるみごとな氷瀑である。ハンギングで50m以上、さらにナメになり上部まで続いている。馬鹿でかい凄い氷瀑だ。ちょうど巨大な天使が飛ぶような形をしていることからグランド・エンジェルと仮称する。今は既に水がたれている。でも条件よければいけるだろう。これとフェニックスはグレード6級はある。その他、対岸の右岸のルンゼに2つほど氷瀑群を発見した。「まだあるんですねー」久住氏も感心することしきり。
 尾勝谷はまだまだ未知の面白さがいっぱいだ。

(コースタイム:BC6:30〜ルンゼF1、上部下降10:00〜左の右俣F1ナメ、F2,F3(40m連バク)14:00〜BC〜偵察15:00〜撤収15:30〜車18:00)

第3回目(2003年1月11-13日)

メンバー: 三浦、中島


<成果>
グランド・エンジェルの登攀

1月11-13日(三日間とも晴れ)

 昨年に引き続いての尾勝谷通い。今回で3回目だ。今回は昨年発見した未踏の氷瀑、フェニックスとグランド・エンジェルをターゲットにしている。11月、12月の冷え込みからもう凍っているのではないか、との読みであった。
 9時半出発。例のごとく徒渉を繰り返して、ラッセルで進む。今回は雪が多く結構しんどい。昨年2月、3月に来たときの2倍くらいの積雪。膝くらいのラッセルを交代ですすむ。時間がかかり、15時半にフェニックスの河原に到着する。ここは水かとれて天場に最適である。本日は気温が高く、来る途中で羽衣の滝の崩壊音を耳にした。期待したフェニックスも午後のためか滴りが激しく、発達もわるい。場所は西南西面で翳ったところにはあるが標高は1650mである。まだ登れる状況になく意気消沈する。あーあー。晩はやけ酒を飲む。
 翌日6:30発。気を取り直し、もう一つのグランド・エンジェルに期待をかける。登攀具のみでアタック。これは1850m地点の北面に位置する。膝下くらいのラッセルを続け、9時半に取付きへ。果たしてグランドエンジェルの大氷柱はつながっていた!しかしよく観察すると氷質は悪そうだ。とりあえず下部の堆氷、スカートを登る。1P、15mで3級。洞窟に入り、氷柱の裏側にまわる。じっくりと観察するが氷質は悪い。傾斜も強く垂直部が長く続いている。取付きにスクリューを埋め、試登してみるが、最初は被り気味で氷質が非常に悪く登れるかどうか、見通しがたたない。ちょうど目線に古い亀裂が横一面に入っている。大きさは厚いがツララの集合体である。しばらく見極めようとするが、とりあえずやめ、中島にもチェックしてもらう。彼も難しいといっている。スクリューが打てるかどうか、1本打ってみなと指示する。結構決まっている。彼に戻ってきてもらい、さあどうするか。かなりリスキーで登れるかどうかはわからない。ピトンが決まるか?これがすべて。「中島くんどうする??」でも3連休、ここまで苦労してやってきて成果ゼロではシャレにならない。ここはチャレンジしてみようか。今までの経験では一番むずかしいクライミングになるであろう。
 中島にビレイを頼み、意を決して登り出す。出だしの3ムーブが核心だ。右の氷柱にステミングして、フッキングのアックスを引き付ける。打ち込む、引き付ける。これはもうフリークライミングの世界だ。大胆なムーブで取り付きのハングをクリアする。一本スクリューを打つ。効いている。「よし」。意は決まった。登るのみ。全神経をクライミングに集中させる。氷質は悪いので、どこにアックスを決めるか、スタンスをどこにするか、そしてこれをスムーズに組み立てるムーブを読まなければならない。スクリューも効くところは限られる。表面のボロボロの氷を剥がして埋める。労力と忍耐のいる作業である。フィフィのお世話にならざるを得ない。しかし、このクライミングはフィフィを使えれば誰でも登れる、というような手のものではない。上級者が全身全霊を傾け、集中してのぼるようなチャレンジングで奮闘的なクライミングだ。

グランドエンジェルを登る三浦

 亀の歩みのようにじわじわと登攀を続ける。半分登ったか、まだまだ先は長い。25mほど登り、わずかではあるが傾斜が緩くなってくる。粘りのクライミングをつづける。集中が切れたら終わりだ。大胆かつ慎重なアックス、そしてフットワーク。フッキングも多用する。スパークライミングになった。
どのくらいの時間がたっているのかもうわからない。ようやく氷質が安定してきた。もう少しだ。上部はナメた良い表質になってきた。よし、もう少しだ。ようやく傾斜が落ちてくる。最後に一本のロングスクリューを埋める。よし、これでもらったぞ。ここまで9本のスクリューを使った。ナメを登りきるとようやく落ち口だ。しかしまだ、重要な仕事がある。ビレイ点をさがさなくてはならないのだ。ロープはもうあと5mしかないが適当なビレイ点はない。雪を払った右の岩の僅かなクラックにナイフブレードを一本埋める。ボルトは中島のところだ。しばし思案し、中島に一本ロープを揚げるように伝える。これで上の潅木までフリーで登る。潅木2つでビレイ点をとりロープをたらして、岩のところに戻りビレイする。ようやく緊張が解かれる。
 中島にコールする。登攀時間がかなりかかるかな、と思ったがこのピッチを一時間足らずでこなしてきた。早い。いいぞ。顔をみせた中島に親指を立てる。完登だ。5時間のチャレンジングで奮闘的なアイスクライミング。価値ある一本、ピッチグレードは6級であろう。
 懸垂は岩にボルトを一本埋め、先のハーケンと合わせて支点とし、50mロープめいっぱいで何とか下まで届いた。
 クランド・エンジェルは岩壁から垂れ下がる大氷柱。高さ正味55m、ザイルピッチ1P=15m(3級、スカート部分)+2P=50m(6級、氷柱)巨大ツララの集合体、垂直部35m、氷質非常に悪し。今まで経験した中で一番厳しいアイスクライミングだった。

 (クランド・エンジェル=ちょうど巨大な天使が飛ぶような形をしていることから)

(コースタイム:1/12 取付き10:30〜1P12:00、2P14:00、中島15:30、ビレイポイント〜懸垂16:30〜BC17:30)

第4回目(2003年2月1-2日)

メンバー:三浦、中島


<成果>
フェニックスの登攀

 前回テクニカルな難物、グランドエンジェルを登攀し、尾勝谷における一連のアイスクライミングルートの開拓も最終段階に入った。今回のターゲットは最後の大物、あのフェニックスである。これを登れば、昨年度から行ってきた尾勝谷本谷周辺の氷ばく群の開拓が一段落することになる。
 フェニックスを見るのはもうこれで4度目になる。昨年2月に初めてその御大を拝んだときの感動は忘れることはない。切り立った大岩壁の真中から両側に幾重にも巨大氷柱を従え、天に昇るがごとく一気に立ち上がるその様相はまさしく不死鳥(フェニックス)と呼ぶにふさわしい迫力があった。1月に意気込んでやって来たときは、まだ氷柱部の成長が不十分で残念ながら登攀を見送ったのだった。あれから3週間たった。今回は期待を込めての入谷である。相棒はもちろんフェニックスを一緒に発見した中島だ。彼も3回目の入谷である。是非登攀を成功させて有終の美を飾りたいところだが…。

2月1日 (晴れ)

 本日はベースとなるフェニックスのあるルンゼ出合まで行くだけなので早朝に東京を出発する。準備して11時半に出発。1月の入谷から2回の顕著な降雪があったと予想し、さらに月曜にかなりの雪が降ったと思われたが、積雪はそれほど増えていない。3週間前の我々のトレースが微かに残っており、これを利用してペースがあがる。月曜は南岸低気圧が発達して通過したため、南風が入り、標高の低いところでは雨が降ったようだ。いたるところにデブリが出ている。冬の谷はやはり雪崩れる。要注意である。
 例のごとく徒渉を5、6回行い3ピッチで天場まで。15:30到着。4時間でまあまあのペースだ。テントを張るのを後回しにし、すぐにフェニックスに偵察に向かう。ルンゼからはデブリが出ていた。かなりの規模の雪崩が起きたようだ。たぶん月曜日だろう。すでにカチカチになっている。周辺にはなぎ倒された大木も転がっている。雪崩れの威力は凄まじいものだ。あとでわかったことだがこの雪崩はルンゼのかなり上部から起きたものであった。フェニックスを一気に飛び越してきたようである。怖いことだ。でもこれで今回は雪崩の危険は少なくなった。これも天の恵みか。
 見上げるフェニックスは果たしてあの威風堂々たるあのフェニックスに見事に成長をとげていた。多少水が垂れているが、登れない氷質ではない。これはいけるぞ!明日早朝からのクライミングで水滴もなくなるだろう。明日は曇り、気温があがらないことを祈る。
前回発見した水流の脇にまたテントを構え、前祝をやって寝た。

2月2日

フェニックスを登る三浦

 朝4:30起床。なかなかの冷え込み。温かいモチ入りラーメンで腹ごしらえ。期待と恐ろしさを胸に6:30出発。フェニックスの前に立つ。雨だれはかなり治まった。ルートラインは下部氷柱をストレートに登って上部にある2本の氷柱の真中の洞窟でピッチを切る。2ピッチ目は右の氷柱をまわりこんで登り落ち口に達し、さらに上の潅木で終了、をいう作戦だ。氷質が気になるところだが、傾斜は前回のグランドエンジェルよりは無い。あれは被り気味であったが、こちらは素直な氷柱である。
 7:30登攀を開始する。全体的にはツララの集合体であるが、適度につながっておりあっクスは比較的スムーズに打ち込める。エンジェルほど氷質は悪くない。2本スクリューをとったところで完登を確信する。ポイントを見極め丁寧にアックスを打ち込む。ベーシックなモンキーハングで快調なペースで登る。洞窟手前で凹角に入るがそこは氷が薄く、氷質も悪く、かなりデリケートな登攀を強いられた。ここを慎重にクリアして洞窟に入りこむ。ウオ―。40m、6―、スクリュー7本使用。
 洞窟中にはなめらかで綺麗な面をさらけ出した氷柱があった。助かった!これで良いビレイポイントが作れる。スクリュー3本で完璧なビレイ点を完成。余裕が出てくる。中島は短時間で快適にフォロー。
 2P目、洞窟から右の氷柱にまわり込む、ここのムーブが難しい。凄い高度感だ。氷柱に出てから落ち口まで氷質が悪く、デリケートな登攀を強いられる。落ち口を越えると傾斜が徐々に落ちナメ滝になる。がっちりとした潅木にアックスを引っ掛けて歓喜の雄叫び。フェニックスの初登攀に成功だ!20m、5級、スクリュー6本。フォローしてきた中島とがっちりと握手。続くルンゼは雪崩れの通過跡でえぐられ、デブリも散乱している。さらに上にも氷がありそうなのでそのまま中島が偵察に行く。三浦が続くと10mほど3+程度の氷瀑F2がある。しかし氷質がカリフラワー状で悪いのでそのまま三浦がスクリュー1本で抜ける。さらに上に行くとまだ先に氷瀑がみえる。コンテで取付きまで進む。ここでロープを外し、各自フリーで登攀する。中島が先行する。F3、3級、10m。さらに上にも氷瀑がみえたのでそれもついでにフリーで上る。F4、4級、10m。登りきるともう上部に氷瀑はなさそうである。ここで登攀終了。時間は12:30である。良い時間だ。F4は下から向かって右の斜面をまき下り、F3はクライムダウンする。F2は懸垂し、さらにもう一回の懸垂でフェニックスの潅木まで行く。フェニックスがここから50mで懸垂できるか不安であったが、実際は少し余った。比高は45mといったところだろうか。
無事下降を終えて取付きで記念撮影。あとはテントを撤収して通い慣れた尾勝谷を後にした。
これで我々の尾勝谷の未踏の氷瀑群の開拓は一段落した。まだ見ぬお宝もあると思うが、またの機会に訪れることもあるだろう。来年はまた新しい冬の谷へ向かうことになると思う。人知れず眠っている大氷瀑を探しに。

(コースタイム:2/2 BC6:30〜フェニックス取付き7:00〜登攀10:20フェニックス終了〜F412:00〜同下降取付き13:30〜テント14:00〜駐車場17:00)