北ア・北又谷漏斗谷

(越道峠〜北又本谷〜漏斗沢〜長栂山〜朝日岳〜北又小屋)
2002年8月31日〜9月2日  メンバー:L三浦大介(記)、佐藤嘉彦


 日本の渓谷の中でも屈指の美渓といわれる北又本谷、そしてゴルジュの中の"つるべ落とし"の異名を取り、悪谷として知られる漏斗谷。北又の圧倒的な水流にもまれ、漏斗谷ゴルジュの厳しい連バク帯を登攀する。文句のつけようのない五つ星、北又で白眉のラインとなろう。ここには是非入っておきたかった。
ルートグレードは5級を越えるだろう。今のぶなでここを狙えるものは限られる。最適なパートナーとして佐藤嘉彦君に白羽の矢を立てる。彼にとっても北又本谷は以前から目標の谷だと聞いている。
 軽量化を図り3日間での速攻をくわだてた。漏斗谷は3日間で行けるのか、といぶかしげな嘉彦を「いざとなればエスケープはいくらでもある」と口説く。最低2日間の好天と、そして8月末の渇水のチャンスとをうまくとらえれば2泊3日の行程で十分に可能だと踏んだのだ。
 そして・・・そう我々にはツキがあった!完璧なコンデションのもと、嬉しいかな、漏斗谷の完全遡行が現実のものとなった。

8/31(晴れ)

 週末の天気予報は申し分ない。このところの残暑で北又の水量も減少していることだろう。完登の確信をもって離京する。
急行能登で泊まで行き、予約していたタクシーに乗り込む。北又小屋まで行くという登山客2人を同乗させ、1万円のタクシー運賃が半分になる。こりゃ最初からついている。
 小川温泉からゲートのある林道を走り40分ほどで越道峠に到着する。峠からは雄大な日本海が望める。ここで朝飯を済ませ、下山用の荷物を少しデポする。(これはあまりやらない方がいいが。)遡行準備をして6時40分に出発する。
石碑の脇から東に尾根上の明瞭な踏み後をたどる。暫くして右斜面をトラバース気味に登り、小一時間程で1084mのピーク付近に出る。稜線を乗越し、今度は南東へ沢形を下降する。ほどなく水流が現れる。急なルンゼ状の沢を1回の懸垂を交えて、どんどん下降する。最後の開けた大ガレを落石に注意して下ると、ついに待望の北又本谷への入渓である。出合は河原状になっており、ここで小休止する。水量は平水より少ないが、それでも水が重く感じられる。流れが速いためだろう。
 河原を進むとすぐに魚止の滝が現れる。95年の水害で埋まり落差は1mにも満たないが、紺碧の釜は深く大きい。ここはロープを出しで左岸を泳ぎ、途中から壁に取り付く。ややバランスを要しながら落ち口にトラバース気味に登る。嘉彦はトラバースラインから上がって来た。
 落ち口からはつるべ式に嘉彦が水流を対岸にジャンプ一番。ここは普段は苦労するところらしいが水量が少ないので楽勝だった。裏定倉谷の連瀑を左に合わせ、暫く水線沿いにへつりながら進んでいくと、大きい釜のある5mの滝に出る。「これだ。北又名物の大釜だ。」二人して顔を見合わせる。
 釜は滝からの奔流を受けて蒼黒く、豪快に渦巻いている。取り付く例のカンテもみえる。水流をじっくりと観察し、先ずはから身で三浦がトライする。ザイルをつけ左壁沿いに泳ぎ始める。すぐに巻き返しに乗り、スピードがでる。立ち泳ぎでセーブするように進み、凹角からカンテへトラバース気味に移動する。カンテをまさぐるがぬめっていて、よいホールドが無い。足もわからない。右に回りこんでランジ気味に飛びついたその瞬間だった。あっというまに流芯に引きずり込まれ釜の中へ沈没する。さらに渦の中に引き込まれそうになるが、ザイル方向に思いっきり泳いで脱出する。水面に顔を出して一息つく。水没時間は5秒間くらいか。北又の洗礼を受ける。
 次は嘉彦の番。アドバイスを与え、いざ出発。しかしカンテに取り付くまもなく退却。だが水中にスタンスがあるという。しばらく二人してお天道様の下で体を温める。
 気合を入れ、三浦2度目のトライをする。が、今度は壁から離れすぎてうまく巻き返しに乗れず、カンテも触れずに敗退。嘉彦が粘るがまたもだめ。もしかしたら水位が平水より50cmは少なかったのでいいホールドが無かったのかも、と言い訳する。残念だが時間も無いのでこれでおしまい。時刻は10時。巻きは右岸を小さく巻いて15mの懸垂で降りる。さらに水線沿いに進むと、ほどなく左から一大支流の恵振谷が入ってくる。
 そのすぐ先の又右衛門滝は登れないので右岸を小さく高巻く。懸垂25mで上部3段釜の中間部に降りる。ゴルジュ内を進み、しばらく行くと急流が奔走する狭い廊下に出る。先にはCSのある小滝が掛っている。ここは泳ぎで突破できそうだったが、時間がかかりそうなので、右のリッジ沿いに小さく巻くことにする。又右衛門谷の大滝を対岸に見る辺りからすぐに20mの懸垂で谷へ戻る。
 北又は結構手ごたえがある谷だなあと感心したが、ここまでが前半の核心部であった。あとは絶好の晴天の中、白く光り輝く渓流と周囲の豊かな風景を満喫しながら、鼻歌交じりの遡行になる。途中通過した中瀞も水深が浅く、まったく問題はない。快調なペースで進み、エスケープに使える白金沢出合には予定通り13時半に到着する。
 その先で適当な天場を探し、あとは待望の釣りに勤しむ。しかし餌にミミズは失敗だった。魚は結構いたのだが、なかなかあたりがこない。嘉彦は3匹釣ったが私が1匹とは少々寂しい結果に終わる。(後で北又小屋の親父に聞いたところ、この時期はバッタがいいらしい。)魚は銀色で身は引き締まり、食べると淡白な味がした。夜は少し暑かった。

(コースタイム:越道峠6:40〜ガレ沢下降〜北又本谷出合8:30〜大釜10:00〜恵振谷出合〜白金沢出合〜上部泊13:30)

9/1(晴れ)

本谷〜漏斗谷〜源流部泊

 待ち望んだ漏斗谷遡行の日である。気を引き締めて6時に天場を出発する。北又本谷を進むと、すぐに大釜を持つ7mの白金の滝が現れる。ここは左岸の踏み後をたどって高巻き、漏斗谷出合い直下にクライムダウンで戻る。先には右から3:2で漏斗谷が合流する。
漏斗谷へ入渓するとすぐに露払いの、12mの魚止めの滝が豪快に落ちる。ここは右岸の岩稜を簡単に登れる。その先からはいよいよ第一ゴルジュ帯が始まる。最初の8mの滝の左壁を微妙なフリーで越えると連バクが現れる。豪快な20mの滝は高さがあるのでロープをつけて右壁を三浦が登る。上部はぬめっているのでハーケンを打ち、慎重に登る。落ち口で確保し、つるべ式に次の滝の右壁を嘉彦が登る。
 小滝群をフリーで越えると、いったんゴルジュは途切れるがまたすぐに連瀑が始まる。大きい釜を持つつるつるの滝からのこの上部の連瀑は突破できそうにないので、右のルンゼから大きく高巻く。くの字に曲がる谷の支尾根を乗り越え、懸垂2ピッチで谷床に戻る。これで第一部が終了する。時刻は8時50分。ここまではまずまずのペースだ。
 小休止後、右から小谷を合わせると、ほどなく第二ゴルジュ帯に突入する。へつりと泳ぎ、そしてフリークライミングでゴルジュ内の連瀑を次々に突破する。右に赤茶色のルンゼを合わせるとさらに狭いゴルジュ帯に入る。5mの滝は左壁をショルダーと人工、荷揚げで突破。さらに7mの滝は嘉彦がから身でロープをつけ右を泳ぎから凹状部を登り上部に抜ける。さらに微妙なへつりとフリーを繰り返し、最後の15mのハングの滝は右壁を三浦がハーケン1枚でトラバース気味に登り切る。これで第二の核心部が終了する。
 ここから先はしばらく谷は大きく開け、ゴーロ帯となる。この辺りはいたるところに幕営適地がある。真夏を思わせるほど日差しは強く、太陽がまぶしい。時刻は11時、ここで大休止とする。
 ほどなくカネツリ谷との二俣になる。本流は右に折れる。この先は黒いナギの廊下である。黒薙川の名前の由来になった蛇紋岩系の黒い岩が目に付く。斜面にはガレも多く、ここだけ一種異様な雰囲気のところだ。
 暫く進むと最後の難関、第三ゴルジュ帯が始まる。4mの小滝を右から越えると、みごとな滝が目前に現れる。耕作滝30mである。別名双門の滝とも言われ、飛瀑を門状に優雅に落とす、非常に美しい、荘厳な趣がある。恵振谷のケルン滝が豪快で男性的な滝なら、この滝は北又の女神であろうか。
 ここは左にチムニーがあり、カムとチョックストンでプロテクションを取りながら慎重に越える。上部は右壁をハーケンのA0で乗り越えて滝上に出る。次のCS10mの滝は水流右をシャワーを浴びながら嘉彦がリードする。荷揚げでザックが引っ掛かり、少し手間取る。
さらに進むと20mの豪快な滝が空を飛ぶ。これは登れないので右の草つきから大きく高巻く。やや悪い。薮をこぎ、支尾根を乗り越えてくの字に曲がる谷の上部に懸垂20mで下降する。
 ようやく先の見通しが立ってくる。ここからも小滝が連続する。5mCSは右をから身でフリーと荷揚げ。さらに40mの3連バクをロープを使って越えると、さしものゴルジュ帯も終了し、ほどなく上部二俣になる。ここで時刻は15時50分。漏斗谷の核心部は10時間で抜けたことになる。効率のいい、そして非常に充実した渓谷登攀とも言うべきものだった。
 二俣を左に入り、ゴーロ状の滝群、標高差200mを幕営適地目指して最後の頑張りで越える。途中、国蝶のアサギマダラを見る。
 急登を終えるとほどなく源流である。ところどころ残る綺麗な高山植物が我々の遡行を祝ってくれるかのようだ。周囲の大きく開けた気持ちのいい台地に幕営する。時刻は16:30。稜線からの風がほてった体に心地よい。嘉彦とがっちりと握手。
今日はさすがに疲れた。焚き火と酒。星空と寝息。

(コースタイム:天場6:00〜第一ゴルジュ帯終了8:50〜第二ゴルジュ帯終了11:00〜二俣15:50〜幕営地16:30)

9/2(晴れ)

源流〜長栂山〜朝日岳〜北又小屋

 夜は冷え込んだ。焚き火をおこし、ゆっくりと朝食をとる。朝日がまぶしい。のんびり準備して8時出発。源流を最後の一滴まで忠実につめあがり、稜線に抜ける。カモシカがいる。少し薮をこいで木道に出る。あとは登山道を朝日岳を経由して北又小屋に13時下山。ビールで乾杯。北又の夏は終わった。

 北又〜漏斗谷の体感遡行グレードは5級上、沢登りのすべてがそこにあった。誰がみても間違い無しの五つ星ルート。特に漏斗谷の3つのゴルジュのつるべ落としの渓相はみごとというほかはない。実力派には超お奨めの谷だろう。沢屋(こっちでは谷屋と言うらしい)なら是非一度は遡行にトライしてみてほしい。
夏合宿の奥利根3連発に引き続き、今回もなかなかに充実した山行だった。いい沢登りをさせてもらえた。微笑んでくれた北又の女神、そしてパートナーの嘉彦くんに感謝する。

<追記>

 新潟回りで戻る嘉彦と別れた私はその後、越中宮崎で日本海に沈む夕日を見てから糸魚川で魚を食べて帰った。最後が海というのはなかなかいいものだ。山登りはやはりフィナーレが充実しなければいけない。今度は柳又に行くとしようか。
*    *    *    *
<遡行のポイント>
@北又は水との戦い。泳ぎとへつり。
A漏斗沢3つのゴルジュ帯つるべ落としでの登攀能力。
B高巻きのルートファインデイングの適確さ。
C最低2日間の好天と天候急変=鉄砲水、増水への対応力。

<今回の使用ギア>
ロープ8.1mm×50m=1本、お助けロープ6mm×10m、カム小2、ハーケン8枚