たかが山登り、されど山登り、私の場合。
T.T.
 「山登り」を始めてはや30年以上が過ぎてしまった。

 最初の頃は仕事が交替勤務だった関係で、必然的に一人が多かったので、平日の休みを利用して、教科書どおりに丹沢の尾根を歩いてから奥秩父に行って、次に谷川周辺の縦走、巻機や越後三山にも足を伸ばして最後は南アルプスの縦走などのお決まりコースをあまり人に会うこともなく、細々と登っていました(一人だと北じゃなくて不思議と南アに惹かれるらしい)。

 そしてその間に、職場の山好きとも行くようになって、縦走や、易しい沢に行ったり、その頃覚えた山スキーを始めたりして雪山にも行くようになった。最初の冬山で大人数で登った中アの空木岳・池山尾根は重たいウィンパー型のテントを背負子で担いでラッセル、今にして思えばひどい貧弱な装備で登った。夏、縦走、剣北方稜線の薮漕ぎ縦走をしたり、6日間をかけて、小窓から剣を往復した後祖母谷温泉に下り更に白馬岳に登り返して蓮華温泉に下るというきついけれども花いっぱいの横断山行、沢登りでは、難しいところは全然ないけれど南アの奥西河内というところに行った。その頃の足回りは地下足袋にワラジだったので日数分のワラジを担いで、初日に着いたテン場ですきっ腹に飲んだ酒が祟ったのか、以後ずっと調子を崩してヒッコラ言いながらも、4日目でなんとか大聖寺平を越えて小渋の湯へ下山したことなどを思い出す。山スキーは、丁度その頃から雑誌で用具やコースなどが紹介され始めて、漠然と、スキーで軽快に降りてこれたら楽しそうだなと思って、たまたまカンダハー付きのヘナヘナ板を手に入れたので、スキーはほとんど初めて見たいなものだったけど山の中なら転んでも恥ずかしくないと思って、こっそり浅草岳辺りに練習がてらでかけたものでした(あの頃は夜行列車があって電車で行く分には今より便利ではあったがわざわざ谷川を通り過ぎて遠くにまで行ったもんだと思う)。でも、そんなに山は甘くなかった。登りはまだしも、革靴での滑りは斜滑降、キックターンの連続のみで歩いて下るほうがずっと速い。区切りながらも回転ができるようになったのはずっと後になってからでした(なんだか、こんなことを書いているとそれ自体懐古趣味になってしまって一線を離れた山屋のたわごとみたいになって気恥ずかしい限りです)。

 でも、最近は進歩がない。ないというより明らかに後退しています。岩登りは最初からほとんどやらないし、きびしい雪稜にも興味がわかない。ひたすら易しい沢登りと易しい山スキー程度である。向上心がないのかといわれると、そう、あまりないのである。

 沢登りを始めたり、山スキーで雪山に入ったりしたあたりが私としては転換期で、それ以降、「山の会」に入っているような普通の人だったら、岩や雪稜へと興味が移っていくのであろうが、私の場合はほとんどないのです。岩やスキーをゲレンデで練習するというのもあまり好きではありませんし。

 結局、お前はそんなに山が好きなんじゃないだろう、といわれたら、いや、でもやっぱり好きなんです、途絶えることもなく30年もだらだらと続けているくらいですから、と答えるしかありません。大滝やゴルジュなどなくても、きれいな滑や滑滝の多い沢を遡ることはこの上もなく楽しいと感じるし、それが紅葉に彩られてキノコなんかのおまけ付きだったらやっぱり止められません。春から夏にかけても、今度は新緑・深緑に包まれて、うまくいけば山菜・イワナの幸にも巡り合えます(そういえば最近はさっぱりイワナの顔を拝んでいない。数が少なくなっている上に、腕前も上がらないからだが、イワナイワナと血眼にならないで沢そのものを楽しむことにした、ということにしておこう)。冬から春の雪山はやっぱりスキーでないと、滑り降りれる楽しみを思えばこそきつい登りにも耐えられます。快楽志向、実益追及型ですね。

 かたや、会で厳しい山行を続けている人や、最初はハイキング程度の経験で会に入って、あれよあれよという間に岩雪のトップを登って行く人をみると驚嘆してしまいますが、私には別世界の人に感じます。

 ぶなの会には、私のようにひたすら山を楽しもうとする「いやし派・快楽追求型」と、アルパインクラブとして、岩であれ雪稜であれ氷であれ、それぞれの好きな形態の中で目標を持って、それに向かって自分のレベルを上げていこうとする「目標達成型」の人がいる。会社社会なんかで言えば、前者はもうダメ人間であるが、ここは趣味の世界、どちらが良いとか言えるところではないと思う。

 普通に考えれば、アルパインクラブなんだから会としての目標があってそれに向かって皆で精進するということなんだろうけど、目標が高すぎると、私のような「いやし派」はついていけないし、低すぎると「目標達成型」の一部の人は満足できなくなり、それぞれにおいて、ぶなが居心地の良くないところになってしまう。

 悪く言うとその中途半端な何でも屋的なカラーに飽き足らずに(更にレベルアップしようとする人や、逆にレベルが高すぎると感じた人も含めて)会を離れて行く人もいたが、ぶなの会は「総合山岳会」(変な表現だ)としてこれまでも色々な志向の人を許容してきたし、これからもそうであって欲しいのです。

 なんか、正月山行を前にして、一気にモチベーションの下がる駄文で申し訳ありません。読み飛ばして頂ければ幸いです。

 夏も異常気象でしたが、この冬も全くおかしいですね。12月も中旬になるのにサッパリ山にも雪が積もってないらしい。私ごときでもいまだにコートなしで通勤している。といって休みに入ったとたんにドカンと降られるんでは困ります。なにごとも程ほどがよろしい。

 では、正月山行に参加される皆さん。気をつけて、雪世界を楽しんできて下さい。願わくば完登されることを!!
「山毛欅」2003年12月号